白人のいる風景

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在タイ日本大使館員の不敬発言、(天皇陛下は)「タイが好きなんでしょうねえ」

私は、タイ国王戴冠60年式典期間中、タイ深南部のパッタニのホテルに滞在し、(やることも特にないので)タイのテレビをずっと見ていた。テレビはもちろんどの局も式典ネタ一食。各局の流すものもほぼ同じ。

御座船行列見物の前には、天皇皇后両陛下が、誰も天皇陛下を注目しさえしない肩の触れ合うような雑踏の中を歩かされ、タイ国王王妃はその少し前に退席してしまい、その座は二つはっきりと空席になっていた。というか、座は国王王妃の座しか置かれていないひろばなのである。私はその様子をテレビの実況ではっきりと見た。

その当日に、私がパッタニのネット屋から投稿した記事がこれである。→タイ国王、天皇を迎えず!【国王戴冠60年式典:朝貢外交以下】

この事実を疑う人がしょうもないタイヲタや2ch極東板あたりの「タイは親日」ウヨには多いようだが、あえていえば、天皇陛下がすべてをご存知である。

私がずっと式典を見ていたのも、本心を言えば、もう少し天皇陛下がテレビに映される機会が多いだろうと思っていたからであり、もう少し特別な扱いを受けるのではないかという甘い期待がどこかにあったからである。これらの甘い期待は徹底的に裏切られた。

この60周年式典期間中を通して、タイのテレビの天皇陛下に対する扱いはきわめて粗略なものだった。外国王族の露出度ということでは、ヨーロッパ小国の白人王族に比べると、天皇皇后両陛下はほとんどテレビに映らなかったといってもいいくらいである。

しょっちゅうテレビに映るのはシリントン王女が白人王族に囲まれて喜んでいるような映像ばかりだった。これはどの局も同じである。

ブータン皇太子がタイの若い女の子たちの人気者になったという話題が日本で報じられたようだが、これはどちらかといえばのちにサブカルチャーから発したもので、式典期間中のタイのテレビでブータン皇太子が扱われることはほとんどなかった。

むしろ、タイ王族のブータン皇太子に対する態度は、まったく馬鹿にしきっているように見えた。①非白人で、②貧しい小国の、③変な服を着ている皇太子、となればこれだけで、タイ族が見下すべき相手としての要件をすべて具えている。しかし、タイ族よりはかなり色白で背が高かったことが、女の子たちには受けたようである。

(2ちゃんねらーの皆さんへ:「テレビの画面を見ていた私の目にはそう見えた」という話なので、「ソースは何なんですか」という頓珍漢な質問はしないように。

脊髄反射のようになんでも「ソースは?」といえばなにか立派な批判をしているかのような頭の悪い思い込みは、2chで育った厨房的若者の特徴のように思われる。

これはタイヲタが多用する論法でもある。なぜなら「タイが嫌いだ」という個人の趣味や「タイの人種差別はひどかった」という感想については、そもそも文献的な「ソース」はありえないから)。

そのような中にあって天皇陛下が扱われた数少ない特集のひとつ(二つのうちの一つぐらい)として、タイ人記者が、在タイ日本大使館員(大使か領事かは私は確認できなかったが普通に考えれば大使だろう)に日本語でインタビューするというものがあった。

その内容は当然ながらあくまで「タイ側」の意向に沿ったものであって、「天皇陛下がいかにタイ王国を敬愛し、タイ国王を尊敬しているか」(私は事実だと思わないのでここでは敬語を使わない)を日本大使館員にしゃべらせるというだけの目的の企画だった。

要求されていることをその通りにしゃべるというインタビューではあったのだが、この日本外交官の天皇陛下にかんする言及は、敬語も一切使わず、もったいぶった口ぶりで、たいへん不敬なものに思われた。本当に、まるで自分のほうが天皇陛下より偉いかのような態度だと、私には思われた。

「(天皇陛下がタイ国王戴冠60年式典に)来るのは当然のこと

「(天皇陛下は)皇太子時代を含めると○回も(タイに)来ている

タイが好きなんでしょうねえ

というふうだったと記憶している。この日本外交官は天皇陛下に対する敬語を一切使わなかった。(この外務省役人は日本語が不自由で、三人称のときは敬語を使わなくていいと思っていたのかもしれない)。

テレビでこの場面を見た在タイ駐在員などの方々も多いと思うが、どう思われただろうか。

それにしても、同年中にクーデタが起きるような国へ、しかも国王がクーデタを指示するような国の王室行事への、天皇皇后両陛下のご訪問を設定した日本政府および外務省の責任は厳しく問われなければならないはずである。

私は何度でも強調する。天皇をいただく日本を愛するものなら、

念のために言っておくと、私は、戦後日本の皇族のように世界に類例のない窮屈なご身分にある方々が、若い時代に、タイのようなソレ用の国でストレスを発散されることが仮にあったとしても、そのことで天皇陛下はもとより皇族方をご批判申し上げるつもりはもうとうないのである。

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  1. 2006/11/30(木) 16:43:16|
  2. タイヲタ日本人
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タイヲタについて

何ゆえにタイヲタ(タイ好き日本人)たちは、タイの人種差別・白人崇拝主義の話題を、神経質に避けたがるのだろうか。

さまざまな旅行掲示板(タイ関係の板はタイヲタに常駐・占領されているのが通常である)はこの話題を常に警戒し、あえてこの話題を出してくる者を集中的に叩く。タイ系ブログ等もまたこの話題を忌避し一切言及しない。

人種差別・白人崇拝の事実を問題にしてしまうと、タイは最低最悪の軽蔑すべき国ということにならざるを得ず、タイ関係を生業にしていたりタイを心の支えにしている日本人にとっては(物質的であれ精神的であれ)生きていく基礎が崩されることになるからだろうか。

私が見るところ、タイヲタたち(タイ好き日本人、左右のタイマンセー日本人たち)は、まずもって「白人が上」という大原則を受け入れるというところから、タイをも受け入れているように見える。

なぜなら、この原則を受け入れられなければ、タイは滞在するだけでも耐えられないところであることは明らかだからである。(註1)

「白人が上」すなわち、日本人が一般的に白人より悪く扱われるのは当然または自然なこと、という「原則」を抵抗なく受け入れた上で、日本人同士で足を引っ張り合ったり、自分がほかの日本人より「よく扱われた」ことを喜んだりする。

あるいは、バービアのタイ女などが「韓国人が嫌いだ」とリップサービスをするのを真に受けて大喜びし、「朝鮮人はタイで嫌われているから、タイ批判するやつは朝鮮人」というような書き込みを2chにしたりする。

彼らは同じタイ人が韓国人たちに日本人のことをどう言っているのかについては想像しようともしない、というよりむしろ、タイヲタとしての自己を守るためにそのような想像力を麻痺させるようである。

あるいは、自分はタイ人に「好かれているから」、「タイ語の発音が良いから」、「白人より良く扱われた」などということで自己満足し、他の日本人に自慢してみせる。タイヲタというのはこのような連中である。

左右を問わず、このように低脳で品性の卑しいタイプの日本人が、結果的にタイに流れつき、タイを「心のふるさと」とし、これが「地上の楽園」であると自分に言い聞かせて自己洗脳しながら、ぼろぞうきんのような彼らの生をタイで無駄に費やしていくということなのだろう。

タイヲタ(左派)は、タイの白人崇拝にかんする批判に対して、しばしば「日本人も人種差別をしているから(人種差別をされることがあっても)仕方がない、文句を言う資格はない」という言い訳をする

これは要するに、人種差別をすることも、人種差別を受けることも、どちらも肯定するということにほかならない。

白人との関係での屈辱的な差別扱いには奴隷的に耐えながら、一方で自分より下だと思う者を嘲笑し、蔑視することで気をまぎらわせられ、結構満足して楽しく過ごせるという程度の精神性の持ち主だけが、タイヲタになれるのであり、タイの風土に染まることができるのである。

強きものを強きがゆえに尊敬し、嬉々としてこれにへつらい、弱きものを弱きがゆえにおとしめ、ないがしろにし、踏みつけにする。これがタイ精神であり、タイの思想であり文化であり美意識なのである。

このタイ精神に親和性を持つ者だけが、「タイが好き」になることができる。

(註1)

 もっとも、タイなど行ったこともなく、ただただ「親日国」(と称される国)を勝手に探し出してきて不思議な自己満足に浸るためだけにタイを選び出してタイマンセーを叫んでいる右翼系タイ賛美者、すなわち、「白人の植民地になったことがないから」などという理由で「白人崇拝がないに違いない」と思い込んだり、皇室とタイ王室との「親交」の話をどこかで拾ってきて、「タイは親日ー!」とうなるしか能のない、2ch極東板あたりに巣食っている低脳系ウヨの方々は別である。

白人の植民地になると白人崇拝になる、というのであれば、400年も白人に支配されていたインドネシアはよっぽど白人崇拝の国になっていなければならないはずだが、実際はそうではない。誰が見たってインドネシアよりタイのほうがはるかに白人崇拝主義者のスクツである。(ただ、フィリピンや中南米のように混血が進んでしまうとなかなか誇りの回復は難しくなるようである。しかも、発端が「女奴隷」や「レイプ」のようなものであることは明らかなので、白人との混血系は白人と対等の立場を持つことは無理である。タイもベトナム戦争以後今日に至るまでどんどん白人との混血が進んでいる。ほとんどが売春婦やレンタルワイフや、白人が遊びで「結婚」した事実上のレンタルワイフの子である。>アラブ人はインドネシアで「数時間」の「結婚」をすることがあるようだが・・・・)。

このような低脳ウヨは、実は(日本)国家に奉仕しようという気持ちはまったくなく、日本国の栄光をタダでかすめ取ろうとしているだけである。ただそのために彼らは日本国の栄光が必要なのであり、日本の栄光を賛美しさえすればその果実が自分のものとしてタダで手に入ると思い込んでいる

彼らが国のために命を捧げた特攻隊員をいくら賛美したとしても、彼ら自身が日本のためにあるいは「東亜」のために自分の命をささげることなど、彼らが7回生まれ変わっても決してないだろう

もしも彼らが自分の言葉に忠実だというのなら、タイのパタヤでもプーケットでもチェンマイでも行ってみれば、大量の白人どもがまさに「東亜」を踏みにじりアジア女を性奴隷にし、有色人種を排除している空間をいくらでもすぐに見つけることができるから、その白人空間で盛大に自爆テロをするなり、機関銃を乱射するなりして、「大東亜戦争はまだ終わっていない」、「日本人はまだ白人支配からのアジアの解放のために闘い続けている」ことを天下に闡明すべきである。

要するに、この低脳ウヨ系のタイ賛美者は、彼らの個人的な体質上「民主主義」が気に入らず、タイが「王政」であること、国王が実権を持つ体制であること自体に魅力なり親和性を感じている(というより妄想している)だけなのであろう。

  1. 2006/11/30(木) 16:41:21|
  2. タイヲタ日本人
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14歳のベトナム人少女を性的虐待して捕まっていたアメリカ人警察官が、カンボジアの拘置所でピストル自殺

【プノンペン】警察は昨日、14歳の少女を性的に虐待したかどで告訴されていたアメリカの警察官が自殺したと述べました。

サンフランシスコ出身のDonald Rene Ramirezが「口の中に2発の弾丸を撃ち自殺した」と、プノンペンの人身売買対策警察の長、Keo Theaは述べました。

彼は、ある警察官が火曜日の(当地時間)午前6時ごろバスルームに行くあいだ自分の小さな銃を放置していたと述べました。

そのアメリカ人は箒を使い、警官が寝るのに使っていた絨毯の下から銃を引き寄せてそれを自殺に使った、とKeo Theoは述べました。

プノンペンの警察副長官、Pol Phitheyは、この死亡の調査をするために裁判所と警察の役人からなる委員会が設立されているところであると述べました。

ある合衆国大使館スポークスマンは、死亡した男がRamirezであることを確認しましたが、彼の死に関するコメントを断りました。

「われわれはアメリカ市民が警察拘留中に自殺したという報告を聞いており、その問題について調査しているところである。今の時点で発表できる詳細は何もない」とJeff Daigleは述べました。

Keo Theaの部隊は先週木曜日にRamirez(50歳)を逮捕し、14歳のベトナム民族の少女とセックスをした罪で告訴しました。

Ramirezは、日曜日に正式に訴追されました。-AP 

New Straits Timesより)

口の中にピストルを発射して自殺したのに2発発射しているというのは変ですね。

これはカンボジアの野蛮な「代用監獄」制度が生み出した重大な人権侵害事件かもしれません。

日本の人権家もこのアメリカ人の不審な死の真相にもっと関心を持つべきでしょう。

Imgp2726

US cop kills himself over sex abuse rap
Phnom Penh: Police said yesterday an American police officer accused of sexually abusing 14-year-old girl killed himself while in custody here.
 Donald Rene Ramirez of San Francisco "committed suicide by firing two bullets into his mouth" said Keo Thea, chief of anti-human trafficking police in Phnom Penh.........
 Keo Thea's unit arrested Ramirez, 50, last Thursday and accused him of having sex with a 14-year old ethnic Vietnamese girl.
Ramirez was charged formally on Sunday. - AP

写真の右側も関連記事。

カンボジアで「性奴隷」に売られたことのある女性が、いまは「フランス系」の女性救済NGOのようなところで活躍していてGlamourというマガジンのWoman of The Yearに懸賞されたというニュース。

かつてカンボジアを搾取し、現在も植民地支配に執着し、謝罪や反省どころか一切の内省すらなく、いまも南太平洋の植民地支配にしがみつき核実験をして罪の意識も何も感じないフランス人が、一方で「性奴隷解放」のNGOなどのキレイゴトを派手に展開しているようである。

カミュの「異邦人」という小説にはアルジェリア人に対する人種差別的な取り扱いがあったと記憶するが、あの部分が進歩的なフランスの論壇で批判されたことがあるのだろうか。もし、あのアルジェリア人を朝鮮人に置き換えたような小説を日本の小説家が書いていたら、すぐに発禁になっていただろう。(聞くところによれば、あのカミュの子孫だか親戚だかという人間がいま日本に来て、日本人の自虐趣味に訴えて、日本を冷笑し白人の優越性を示唆するというだけの芸で金を稼いでいるそうである。そういう芸を喜ぶ日本人が多いのである)。

カンボジアの貧困や内乱を引き起こした原因がフランスの植民地収奪であるという意識もなければ、日本が仏印を解放した後も日本の敗戦後ただちに再植民地化戦争を始めたフランスという国に対する批判は一切出る余地がない。

白人の「植民地支配」は、単に支配しているのではない。日本のように持ち出しで投資するのでもない。「有色人種搾取、植民地収奪」そのものなのである。

白人が「白人」と「有色人種」という「区別」を創作したのは、そうすることがこの収奪のために便宜だったからである。むしろこの「区別」が搾取の法的根拠にもなった。「欧米近代奴隷制」を例にとって見れば明らかであろう。

有色人種搾取収奪によって十分に資本を蓄積してしまった白人は、やがてこの「区別」を必要としなくなる。すでに十分強力な富者にとっては、「区別」のないボーダーレスな「自由市場」のシステムのほうが有利である。

ボーダーレスな自由市場のルールにおいては強いものがさらに強くなれるだけでなく、世界全体にボーダーレスを強いることによって、世界の隅々からあらゆる価値を貨幣に換えて吸い上げることができるのである。

「性奴隷」談義で槍玉に挙げられるのはいつも、幼女を売る親、置屋のお客になるローカルやアジア人男性である。

あの辺に巣くって幼女を囲って長期逗留し外道の限りを尽くして来た大量の白人男たちが非難されることは決してない。

  1. 2006/11/01(水) 14:40:02|
  2. 白人の児童買春、性犯罪
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