白人のいる風景

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本日の毛唐/本日の土人

本日の毛唐/本日の土人
IMGP2433.jpg

KLCC(クアラルンプル・シティセンター)で。タイ土人丸出し女を連れ歩く白人男。

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  1. 2006/09/29(金) 20:44:43|
  2. 白人のいる風景

タイ人僧がマレーシア国内で15歳の少女をレイプし裁判にかけられる

タイ人はアジアはどこもタイと同じでOKと信じているのでこういうことになるのだと思う。タイ人僧は、タイ坊主は(アジアなら)どこに行ってもタイでと同じ特権を享受できると信じているようだ。

マレーシアの新聞NEW STRAITS TIMES(9/29)によれば、昨日、タイ人僧が15歳の少Imgp2426_2女をレイプした二つの罪で治安判事裁判所に連行された。

Phra Subin Kantheeya(つかまった坊主の名前)、36歳は、 Jalan Ara 7/1A、Bandar Sri Damansara、住宅番号18の家で、8月12日と8月26日との午前1時から5時までの間に被害者を2度にわたってレイプした廉で、公判を請求した(裁判にかけられた)。

副検事Hana Hadinah S. Mohd Ghazaliは、被告人が外国人であり、証人たちを妨害するかもしれないという理由で、保釈に反対した。

弁護人R. Tirukumaranは裁判所に、被告人が警察に自首していたという理由で、裁判所に保釈を迫った。いわく、

「被告人は自国に帰っていたが捜査に協力するためにマレーシアに戻ってきた」

「彼がマレーシアに来たのはある寺での祈りを執り行なうためである」

裁判官Nurmala Salimは保釈を認めず、審理日程を8月25日と26日と決めた。

保釈なんてとんでもない。タイ坊主をどこまでも増長させるだけ。

氷山の一角に過ぎないが、タイ王室と不可分の関係にある「タイ仏教」の実態を窺わせるニュースである。

マレーシアにカネ稼ぎに来ている勘違いタイ坊主は横柄でほんとにうざい。

  1. 2006/09/29(金) 14:32:32|
  2. タイの仏教
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「NOVA」CMのキチガイ性

〔ニフティ「ココログ」に発表した記事〕

(キチガイ相手である以上、多少キチガイ的な記事になる。)

NOVAがキチガイな会社で、タイ人売春婦を金持ちにしたような日本人肉○○志願女をターゲットとする、ある種の白人ミッショナリーであることは昔からよく知っていた。

しかし、半年ぶりに日本に帰ってあらためて新しいNOVACMをテレビで見て、この会社の相変わらずの狂気性を再確認した。

そして、この学校だけはどんな手段を使っても日本から駆逐しなければならないという思いを新たにしたのである。

NOVACMによればNOVA肉○○志願女たちは、英語がしゃべれないと道に倒れている人間も助けられないということである。そういう人たちが、NOVAに集うわけである。

NOVAはそういう人格障害・小金持ち土人・肉便器白痴日本女たちをターゲットとする企業であるということを、NOVA自身が毎日宣伝しているのである。

このことを否定できるであろうか。

NOVA生徒は人助けのために英語を勉強するそうだが、道に倒れていた白人が英語の話せない外国人であればまたシカトして逃げるのだろう。

結構なことである。

タイでは英語をほとんど話せないフランス人をよく見かけた。白人なのだが、モゴモゴボソボソと日本人英語みたいなのをしゃべっている。何を言いたいのかわからないことも多いが、彼らはすくなくともNOVA女みたいに醜く大口開けたしゃべりはしない。彼らは在外日本人より英語ができないことが多いが、タイなどでは白人ゆえによく扱われ、言葉ができないことに引け目を感じることもないようである。

日本人NOVA女にみられるような、新劇の舞台にでも立っているような英語を話す英語話者は、アジアではそうめったに見たことがない。

私の見聞から言えば、教育を感じさせる英語を話す人ほど、肉○○NOVA土人女の英会話しゃべりとは正反対の話し方をするものである。

つまり、その人たちは、母国語を話すときはさらに知的なのであろう。そしてその何割かが外国語にも表れるのである。

結論を言えば、日本に来て日本語を話そうとしない毛唐がどんなに困っていようと手など貸してやる必要はない。

彼ら在アジア白人は、「アジア」では土人(ローカル)が白人を助けるのは当然の義務だと思っているだけである。

彼ら在アジア白人にとっては、タイも日本もフィリピンも同じく、「白人のためのアジア」すなわち「白人が最優先されるのが当然のアジア」にすぎないのだということを忘れてはいけない。

毛唐にはタイがある。毛唐が日本に来る必要はない。

どうしても日本に来たいなら、六本木や山谷のガイジンハウスにへばりついていればよいのである。

アジアにおける英語教師・英語学校は性犯罪者の隠れ蓑である」。これはAP通信や天下の反日白人新聞「ニューヨークタイムス」までもが認め、全世界の英字紙に配信されていまや世界の英語界の与論となっている事実である。

これは英語言論界の与論だから事実だというのでなく、むっかしから事実だったのだが、あまりにも目に余るようになってきたので、ようやく英字メディアも認めざるを得なくなっただけのことである。

カーは理由があってタイを選んだ "farang kee-nok" ニューヨークタイムス

ドイツ人男2人が14歳未満の少女との「遊蕩」と人身売買の罪で告訴される やっぱり「英語教師」 プノンペン カンボジア - AFP

オーストラリア人英語教師が児童買春・児童ポルノ作成で逮捕される ジャカルタ インドネシア

若者への「性的いたずら」でタイから追放されるアメリカ人英語教師【NST】

  1. 2006/09/13(水) 03:48:48|
  2. 白人のいる風景

白人はなぜ白人か

進歩主義者や、市民主義者、「地球市民」主義者らは、われわれが「白人」というカテゴリーを用いて問題を取り扱うことを、唾棄すべきことのように言うであろう。そのような論者に対しては直ちに右翼、さらには「人種主義者」のレッテルが貼られる。しかし、このような進歩主義者は、「人種差別」「人種主義」の意味すら理解していない。

しかしながら、われわれは正当に、「白人」という範疇を用いて、問題を取り扱うべきなのである。「白人」範疇を用いなければ解明することができない多くの諸論点・諸問題が、論ぜられるべきものとして歴史的にわれわれの前に提示されているからである。

「白人」範疇を最初に作り出したのも白人自身であることもよく確認しておく必要がある。「白人」は白人の自称である。これに対して、黒人、黄色人種等は、白人による他称である。

われわれは「白人」と対決しなければならない。われわれの真の敵は、「白人」なのである。

では、白人はなぜ白人か。

まず第一に、遺伝によってである。

彼らは日本の一般人以上に、はっきりと血統を重んずる。さらに、伝統的に、日本人よりはるかに「容貌」にこだわってきた。血統と婚姻関係と容貌とが、ずっと昔から、大のおとなの男子によっても強く意識されてきたのである。そのような意識の下で、彼らは交配を繰り返し、半ば人為的に現在の「白人」を作り上げてきたのである。さらに、その自らの人為について、誇りすら持っている。

これは白人に直接に接してみればわかることだが、彼らは容貌について実に細かいところを気にしている。日本人のように、鼻が高いか、目が二重であるか、顔が小さいかというような大雑把なものではない。彼らは、高級飼猫や競走馬の毛並みを気にするような目で、人間の容姿をも見るのである。日本人が、金があるのに歯並びなどの容姿を修正しようとしないのを、彼らは奇異に感じている。日本人が自然であることを評価するのとは全く違った容姿に対する感性を彼らはもつ。そもそも彼ら自身が(理性による)人工的な製作物なのだ。

彼らの「血統」と「伝統文化」と「容貌」のコングロマリットに関する強烈な意識は、たとえばトーマスマンの「ブッデンブローク家の人びと」のような小説にもその率直な表現を見ることができると思う。

彼らの先祖はイラン高原(またはロシア南部)を出てヨーロッパに広まったといわれる。またインドにも侵入しインダス文明を滅ぼした。彼らはヨーロッパにおいては先住民を消滅させ、人口稠密であったインドにおいてはカースト制度を考案し、これを先住民に課して苛烈な支配収奪を行なった。

このようにヨーロッパ白人は、「征服して根絶やしにする」こと、すなわち「ホロコースト」「民族浄化」によって自らを確立した人種なのである。

すなわち白人は、その人種としての成立においてすでに、「ホロコースト」の刻印をもつ。

白人はその遺伝的な貪欲さ、攻撃性、粗暴さ、征服欲の強さ、そして他者を顧慮しないで平気でいられる傍若無人な特性によって、その覇権を拡大したのである。

白人はこのような遺伝的素質によって人種的な版図を拡大した後、彼らのうちの特権層・貴族階級が、自らの眷族の中において、牧畜経営で覚えたとおりの人工的な交配を繰り返すことによってその血統的なアイデンティティおよびある種のブランド価値を確立していくのであるが、白人「市民」革命は、この特権貴族層の血統的アイデンティティ即ち身分的「優越」の意識を、「白色人種」の人種的アイデンティティ即ち人種的「優越」の意識へと移行・拡散させ、これを全白人に平等に共有せしめたのである。その背景にはいうまでもなく、新大陸の「発見」と植民地支配と奴隷制とがあった。

「世界の拡大」にともなう新しい他者たる「新しい野蛮」の発見と、新植民地および「奴隷」の獲得とが、物質的にのみならずイデオロギー的にも、白人全体のある種の貴族化・特権層化を可能にした。

「野蛮」と「奴隷」との現出が、白人全体の「市民」化を可能にしたのである。(「市民」とは昔から有産者のことであり、城塞で保護された都市・市場の中に「特権的な地位を有する者」のことである。ただし必ずしも城塞の内側に住む必要はない。都市の原型ともいうべき塀で囲まれた小さな市場は、夜は鍵をかけられて閉鎖され無人になるのが通例である。)

即ち、白人「市民」革命は、イデオロギー的にも、「野蛮の再発見」と植民地支配および人種的奴隷制なくしては成立し得なかった。「自由な市民」は常に「野蛮」と「奴隷」とを要件とするのである。

「イデオロギー的にも」これらが必要であるという意味は、「自由な市民」たる白人は、「白人」たる以上永久に、「野蛮」と「奴隷」とを、自らを規定し境界づけるものとして探し求め、定義し続けなければならないということである。

それらが仮に「非難さるべき野蛮」「啓蒙されるべき野蛮」「保護されるべき野蛮」あるいは「解放されるべき奴隷」という形をとるとしても、「野蛮」と「奴隷」(隷従)との存在が「自由な市民」たる「白人」の存立要件であることには変わりはない。このことが白人の「日本たたき」の背景をも形作っている。

彼ら白人には、われわれ日本人が普通に考えるような「人間的な」感情はない。根が極端にセルフィッシュなので、彼らがまともな社会を築くためには、外から強力な道徳規範を特別に叩き込まれる必要があった。そうされないと何でもやってしまうDNAだからである。

この外から叩き込まれなければならない道徳規範が、キリスト教であったり、現在の人権思想や環境保護思想だったりするのである。

白人は、われわれにとっては自然な感情のように思われる道徳規範さえ、宗教的権威によってドグマとして与えられなければならなかった。彼らは「自然な」罪の意識というものを持たない。キリスト教の教義によって教えられた「罪」しか持たないのである。

日本人にはホンネとタテマエの区別があるといわれる。それは、日本人がしばしばホンネを漏らしてしまうということにすぎない。白人にその区別がないように見えるとすれば、それは彼らが言葉ではタテマエ以外は決して語らず、ホンネの部分は有無を言わさず強力に実行し、永久に隠蔽してしまうからである。彼らのホロコーストの後には何も残らない。したがってホロコーストもなかったことになる。

アジアにおいてはさまざまな系統の言語が錯綜していて日本語のような系統不明の言語も散見されるのに対し、ヨーロッパは、後に侵入したモンゴル系の言語やバスク語などごくわずかな例外を除き、ほとんどが「インドヨーロッパ語族」一色である。

このこともまた、ヨーロッパ人種がその始原において「ホロコースト」「民族浄化」を要件として成立したことを意味する。「ホロコースト」「民族浄化」の衝動は、白色人種の持って生まれた刻印(性格)なのである。

実際のところ大陸世界で、謙虚で欲のない性質の優しい民族というものが仮に存在したとしても、真っ先に強欲粗暴な民族の餌食になって淘汰され、絶滅させられるか辺境に追いやられてしまっているだろう。そのような希少な有徳の民族は、日本列島のような隔離された辺境にしか存続しえなかったのである。

第二に、白人は「白人」として扱われることによって、この世界に確立している「白人」範疇に属するメンバーとして認知され、白人になる。これも大きい。

「白人」としての十分な容貌を備えた者は、世界中どこへ行っても「白人」として扱われる。また、そのような扱いによって、彼らは自らが「白人」であることを再認識する。

彼ら自身がそのことに否定的であれ(その場合ほとんどは口だけだが)、肯定的であれ、彼らはその枠の中で生きていくのである。

たとえば、アジアの辺境の貧しい山村に白人系の孤児がいたとする。もしその孤児が白人らしい容姿をしているならば、どこからともなく白人の篤志家やボランティアたちが現れ、大変な情熱でその子供を支援し、また、白人にふさわしい教育を与えるであろう。ついでにその村も支援する。

貧しい村を支援するという形に糊塗して、白人系の孤児を救うということもある。このような仕事には多くの場合、福音派系のミッショナリーが関与する。(高床式の伝統的な村落に、けばけばしいペンキを塗りたくった礼拝堂や集会所を建て、英会話や聖書の教育をし、村の伝統宗教や先祖崇拝をやめさせ子供の名前も変えさせて「文明」を教えてやる。)

そして、「救われた」混血児は、自らが村の他の人々に比べ、「選ばれた」そして「文明化された」存在という意識を持つようになるかもしれない。また、豊かな生活にあこがれる村の人々は、選ばれた混血児のように、祖先の名前を覚えず、精霊を信じず、英語名を名乗り、伝統的な慣習を無視して、教会小屋で祈ることが、「文明」への道であると錯覚するかもしれない。

このようにして、アジアのあちこちに孤児を産み捨てていく白人の罪も贖われるのであるが、しかし、その子供が不幸にも母親に似てしまい、白人らしい容貌をもたなかったならば、子供は完全に無視され、彼に関しては最初から何事もなかったことにされるであろう。

アメリカ政府もまた、日本占領期、小笠原のドイツ系日本人に対しては、彼らが白人であるがゆえに特別の有利な待遇を与えたことを忘れてはならない

この事実に対して、白人側にどんな言い訳が用意されているのだろうか。「ドイツ系日本人」だから、二重に「敵性」種族と見られてもよいはずだが、そうはならず、逆に優遇されたのである。ひたすら彼らが「白人」であるが故に。

タイは白人至上主義の東南アジアにおけるイデオロギーエンジンである(その燃料はセックスと「安さ」)

何年か前、タイの銀行の両替窓口に並んでいたときのこと、タイ人係員が私より後ろに並んでいる白人を呼びよせて、私より先に受け付けようとした。

そのときはまだタイに慣れていなかったこともあり、私はその白人に「俺のほうが先だ」と言って注意した。すると、その男はニヤッとしながら「彼(係員)が俺を呼んでいるんだ」と平然と開き直った。これは立派な白人といえる。

後ろに並んでいる白人のほうを先に並んでいるアジア人ツーリストよりも優先受付するということはタイではまったく珍しくない。そういうことはタイではいろいろな場所でたびたび経験した。旅行代理店で用件を話しているときに白人が入ってくるとこちらをそっちのけにして白人を先に受け付けるなど。このような場合、初心の日本人ツーリストはただ唖然として見ているしかないことがほとんどだろうが、タイ初心者の白人のほうは、自分が優先されているということ自体にまったく気づかないか、「ツーリスト優先」(彼らの頭の中ではツーリスト=白人)なのだと考えたり、アジア系はみなローカルだと決め付けて「タイ人はフレンドリーな人たちだ」と喜んだりするくらいであろう。

しかし先にあげた両替窓口の白人の場合は、すでに十分に気づいている。わかった上で開き直っている。白人が白人ゆえに優先される扱いを自分たちの当然の権利と考えている。

その「権利」を前面に押し出して「タイでは白人が優先されるのがルールだ。何か文句あるか」といっているわけだ。

タイは世界中から、安さとセックス、つまりは決して上品とはいえない条件で屑な白人たちを意識的に大量にかき集め、その「屑白人外道ツーリズム」を、金持ちのフトコロが痛まない救貧政策ともしてきた(セックスツーリズム)。

屑白人ツーリズムのルールとして、最低の屑白人をどんな有色人種客よりも上客として扱うという白人優先主義がタイの多くの場所で普通に行われている。

このような白人優先の扱いを日ごろから普通に受けていれば、どんな白人でも、白人が優先されるのが当然のルールだという感覚になっていくのは自然であろう。もとが屑白人ならなおさらである。

そして、多かれ少なかれ、そのような感覚を備えた白人こそ「白人」の名にふさわしい本物の白人なのである。

このように、「白人優先が当然だ」という感覚は、東南アジアではタイに始まったが、現在周辺の白人ツーリストの多く来る地域に急速に広まりつつある。

この数年で東南アジアの人々の感覚は大きく変化し、特にインドシナは急速にタイ化しつつあると思う。

たとえば、現在、ラオスは大量の汚い貧乏白人バックパッカーが押し寄せる国になっていて、ひょっとするとタイ以上に白人密度が高くなっているかもしれない。

ラオスのバスチケット売り場では、乗客の名前をいちいち記録するのだが、ある田舎のバスチケット売り場の若いラオス人は、汚い白人パッカーにはCould you please tell me your name?などという結構な英語を丁寧に使い、われわれにはWhat's your name? Write here.であった。

彼らにとって「ツーリズムを振興させる」とは、必然的に、タイツーリズムの「作法」をそのまま学ぶということに他ならない。それ以外の選択はないのである。

白人ツーリズムの盛況とともにアジア全体に蔓延しつつあるこのような白人の特別扱い・白人優先の実例、慣例化が、若い白人ツーリストたちの「白人」としての自覚をさらに高め、白人を「白人」として鍛え上げていくのである。

そしてタイこそは、「差別OK」「人種差別の何が悪い」「差別は文化」という思想の東南アジアにおける宗家であり、発信地なのである。

どんなに「リベラル」な白人でも、タイでの白人優先には納得しこれを素直に受け入れてしまう理由が用意されている。それは自分が不利益を受けないからばかりではない。

「『一見不当に見える差別扱い』にこそ『西洋的合理主義では理解できないオリエンタルな秘密』があるのであり、それに異議を唱えるのは野暮である」という思想を、タイはもっともらしくブランド化し、白人客のみならず白人優先を甘受する日本人客等にも向けても、高くラベルを貼って売り出しているからである。

欧米「リベラル」派白人としても、この「神秘の微笑みに包まれたオリエンタルな異文化」をやみくもに否定できない。それはちょうど、彼らが「『古式タイマッサージ』は医療とは無縁の擬似性風俗あるいは売春の口実に過ぎない」という真相について、うすうす気づいていてもそれを断言しにくいことと似ている。

このような「タイ式オリエンタリズム」の総本山がホテル「オリエンタル・バンコック」であることはいうまでもないだろう。

タイの「ホスピタリティ」は、日本(東京)のように客を平等に歓待することによっては表されず、「客に差をつけること」によって表現される。

そのようにして客の足元を見、あるいは見るフリをし、客を不安にさせたり喜ばせたりするのが彼らの流儀のようだが、そのほうが結局は誠実な接客より安上がりで楽だったりする。

上客を特にもてなす努力をしなくても他の客を「下げる」だけで「特別扱い」の意思を表現でき、あとはニヤニヤしていればいいだけだからである。

有名なタイの「差別診療」も、本当に金額に見合った治療が受けられるのかどうか私は大いに疑問である。高い費用の大部分は単なる「差別代」であろうと思われるからである。

このようにタイは、「差別」を「オリエンタルな文化」として公然と売り出している。そして、それによって、人種差別云々というような「ケチな」問題をイデオロギー的に「棚上げ」してしまう文化戦略に出ているのである。

それは、白人優先主義を制度化すると同時に、国民の間のさまざまな不条理な差別を日常の些事と感じさせ、少数民族問題や貧困問題などタイの国内問題をも同時に棚上げするイデオロギー政策にもなるとタイの支配層は考えているように見える。

しかし、このようなタイという「オリエンタルな」差別主義のイデオロギー的「エンジン」を東南アジアの中心に据え付けているのもまた、白人の世界的イデオロギー戦略の一環にほかならない。

タイは白人を「白人」として扱うことによって本物の「白人」にする、東南アジアにおけるエンジンである。

日本にいては想像できないほどの、大量の老若男女を問わない白人ツーリストが、季節を問わず、毎日、タイに押しかけている。タイは白人の学校である。彼らはそこで「白人」として鍛えられ、アジアや有色人種を見る「白人」的「視座」を確立していくのである。

第三に、「白人」はシステムである。白人は「白人システム」のなかにあることによって、「白人」の十全な意味を獲得する。

事実上、(自称ユダヤ人のスラブ系白人を含めた)白人が主導し、白人の利益を増進し、主として白人に利益が還流する組織を持ち、白人の価値と美意識を宣教して白人イデオロギーを護持する社会や国家は、白人社会であり、白人国家である。そこに有色人種の構成員が相当数いて、個人的に富み、活躍しているように見えたとしても、そのことはその国家が白人国家であることを妨げない。言うまでもなく、アメリカは白人国家である。

数百年にわたって全世界を覆う、この白人システムに対して、正面から宣戦を布告し、自覚的に戦いを挑んだ有色人種国家は、実は日本だけなのである。

白人が現在もなお、執拗な「日本たたき」をやめようとしない理由はまさにここにある。白人の「反日主義」が、彼らの伝統的な人種主義の悪質かつ必須な要請であることは、すでに明らかであろう。

「反日主義」は人種主義である。「反日主義」を創始したのも実は白人であることに、われわれは十分注意しなければならない。これは、白人システムに対する有色人種によるいかなる挑戦をも容赦なく叩き潰すという、白人の強烈な意思の表現であり、その目的のために白人が特別に創設した戦略的なイデオロギーなのである。

中韓の反日は、白人の創始したこの「反日主義」イデオロギーを借りているにすぎない。反日主義という白人の人種主義イデオロギーを借りて日本を攻撃する中韓は、自らが愚かにも白人のアヘン商売の荷役を買って出ているにすぎないことに気付かない。

「白人システム」は、白人ツーリズムにおいて却って顕著に現れる。白人はいかなる個人旅行においてもこの「白人システム」をできる限り持ち歩こうとする。

このことは彼らが「カウンターカルチャー」だとか思い込んでいるらしいアジアへのバックパック旅行においても同様である。

彼らは自分の国での生活様式をそのまま、アジアの安いゲストハウスの自分たちの空間に持ち込もうとする。白人ツーリストが例外なく、巨大なバックパックを担いでいるのはそのためである。彼らは自国と同様の白人的な生活空間を、多少のエキゾティシズムを加えることはあっても基本的には、滞在先の各所にそのまま実現しようとする。

この点、白人はマイキムチを持ち歩く韓国人ツーリストに似ているが、白人の特徴は「空間の支配」の志向である。

彼らがアジアでは安宿を好み、大いにアジアの「安さ」を求め、背景に「アジア的」なアンビエンスを好んだり、アジア的な習慣のマネゴトをしてみたりするとしても、そこに持ち込む自分の空間はあくまで「白人世界の空間」でなければならないのである。

次に白人は必ず、そこに作り上げた自分たちの空間を外部に向けて拡大しようと働きかける。これは、白人文化に刻印されたコロニー作り・植民地主義の志向性にほかならない。

どんな辺境の地にあっても、貧乏旅行者を自称する白人ツーリストたちはコカコーラを要求するであろう。白人ツーリストの来るところには必ずコカコーラが流通する。

ロシアから来た白人も、東ドイツの田舎から来た白人も、アイルランドから来た者も、旅先ではコカコーラを飲むのである。それが白人ツーリズムのルールだからである。それに従いコカコーラはローカルにも浸透する。

白人ツーリズムは、白人援助・白人NPOとともに、なによりも白人世界・「白人空間」の非白人世界への拡大を目指す、現代の植民地主義にほかならない。

「白人」は自然人類学上の人種であると同時に、文明論上の客観的な範疇なのである

~~~~~~~~~~~~~~~~~

関連記事:

本来的な意味の「人種差別」について人種差別」とは白人が発明したものである。人種主義は、固有の歴史をもつ特殊のイデオロギーであって、普遍的な現象ではない)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_6cbd.html

白人が増えることの脅威 (日本に白人が増えることは脅威である。白人は数が増えると、彼らの横着〈おうちゃく〉を必ず「権利」として要求し始める)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_3c89.html

「NYタイムズ日本たたき顕著」(産経新聞)白人の「野蛮定義」の意味。欧米リベラルの隠れた「動機」について)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/ny_da1a.html

白人は「公共空間の支配」を要求する (差別撤廃訴え、初の会議 ロマ民族、42カ国から参加。アーリア主義と白人至上主義。)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/12/post_4930.html

"Discrimination"、BBCの日本批判【忘れないために】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/09/discriminationb_bbd7.html

白人顧客たちに支援されて延命するネパールのアーリア人至上主義
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/09/200534_2904.html
(抜粋)
ネパールでアーユルヴェーダ医師にかかるなら私は国立の「ナラデヴィホスピタル」が良いのではないかと思う。地元の評判も良い。

「地球の歩き方」でも取り上げられていて欧米人ツーリストにも有名なのは「ピユスバルシ」、マドゥ・ヴァジラ・バジラチャリヤ(Madhu Vajra Bajracharya)のアーユルヴェーディククリニックかもしれないが、この人の資質に私は疑問がある。

彼のメールの英語は非文法的で高等教育は受けていないように思われる。
欧米人の取り巻きが多いので、次の彼のページも取りまきの欧米人によって書かれたものと思われるが、
http://www.bajracharya.org/ayurvedicclinic/index.html
こんなことも書かれている。
The hymns, literal formulas and medical knowledge of Vedas were contributions of Rishi and Munis of different time. It is well known that Rishi and Munis were those learned sages and saints who devoted their life for understanding the reality of the world. Aryavarta, the native land of Aryans, covers the wide surrounding area of the Himalaya where there the Rishi and Munis lived. The surrounding area of the Himalaya where there the Rishi and Munis lived. The surrounding area of the Himalaya, at present political situation, covers the countries Nepal, India, Pakistan, Bhutan, Bangladesh, Srilanka, Tibet etc. The civilization of these countries is deeply influenced with the unique intellectual contributions of the Rishis and Munis.
チベットやブータンも「アーリア人」の土地だったという。

これと同じ主張を私は別のところでも読んだことがある。
ドイツ人ジャーナリストによって書かれた「イエスは仏教徒だった」という本。その内容は、イエスは釈迦と同じく「アーリア人」だったのでありユダヤ人ではなかった、チベットも本来アーリア人の土地でありその霊的な伝統もアーリア人のものであるというもの。彼らにはイエスがユダヤ人だったことが受け入れがたいのかもしれない。ヨーロッパの自称仏教徒の中には、アーリア人至上主義や反ユダヤ主義の別の表現として仏教に向かう者もいるようである。

  1. 2006/09/12(火) 15:27:11|
  2. 日記

オーストラリア人英語教師が児童買春・児童ポルノ作成で逮捕される ジャカルタ インドネシア

Imgp2318【NEW STRAITS TIMES 8月9日 JAKARTA】昨日のマスコミ報道によれば、ストリートチルドレンを性的に虐待しチャイルドポルノを作成していたオーストラリア人の男が警察に逮捕された。


Media Indonesiaの報道によれば、警察はその男が金をやる約束をして子供たちをジャカルタの自分の家に誘っていたとしている。男は英語教師として働いていたという。


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これも氷山の一角ですね。

普通の夜遊びをするにはタイが便利で安く、白人にとっては東南アジアでもっともハードルの低い国ですが、「特殊な遊び」を志向するプロフェッショナルな連中は何かと不便で危なっかしくてもインドネシアやフィリピンを目指すということです。

彼らはそういう国々で、白人ならではの十字軍精神、大航海精神、開拓精神、パイオニア精神、創造性等を存分に発揮しているようで、出来合いのお子様ランチしか食えない日本人買春オヤジなどにはまったく手の届かない事業を展開しているようです。

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少し前は涼しかったのに、ここ2,3日クアラルンプルも暑くなってきました。世界の熱波が伝わってきたのか。

  1. 2006/09/12(火) 04:07:13|
  2. 旅行

タイは白人至上主義の東南アジアにおけるイデオロギーエンジンである(その燃料はセックスと「安さ」)

何年か前、タイの銀行の両替窓口に並んでいたときのこと、タイ人係員が私より後ろに並んでいる白人を呼びよせて、私より先に受け付けようとした。

そのときはまだタイに慣れていなかったこともあり、私はその白人に「俺のほうが先だ」と言って注意した。すると、その男はニヤッとしながら「彼(係員)が俺を呼んでいるんだ」と平然と開き直った。これは立派な白人といえる。

後ろに並んでいる白人のほうを先に並んでいるアジア人ツーリストよりも優先受付するということはタイではまったく珍しくない。そういうことはタイではいろいろな場所でたびたび経験した。旅行代理店で用件を話しているときに白人が入ってくるとこちらをそっちのけにして白人を先に受け付けるなど。このような場合、初心の日本人ツーリストはただ唖然として見ているしかないことがほとんどだろうが、タイ初心者の白人のほうは、自分が優先されているということ自体にまったく気づかないか、「ツーリスト優先」(彼らの頭の中ではツーリスト=白人)なのだと考えたり、アジア系はみなローカルだと決め付けて「タイ人はフレンドリーな人たちだ」と喜んだりするくらいであろう。

しかし先にあげた両替窓口の白人の場合は、すでに十分に気づいている。わかった上で開き直っている。白人が白人ゆえに優先される扱いを自分たちの当然の権利と考えている。

その「権利」を前面に押し出して「タイでは白人が優先されるのがルールだ。何か文句あるか」といっているわけだ。

タイは世界中から、安さとセックス、つまりは決して上品とはいえない条件で屑な白人たちを意識的に大量にかき集め、その「屑白人外道ツーリズム」を、金持ちのフトコロが痛まない救貧政策ともしてきた(セックスツーリズム)。

屑白人ツーリズムのルールとして、最低の屑白人をどんな有色人種客よりも上客として扱うという白人優先主義がタイの多くの場所で普通に行われている。

このような白人優先の扱いを日ごろから普通に受けていれば、どんな白人でも、白人が優先されるのが当然のルールだという感覚になっていくのは自然であろう。もとが屑白人ならなおさらである。

そして、多かれ少なかれ、そのような感覚を備えた白人こそ「白人」の名にふさわしい本物の白人なのである。

このように、「白人優先が当然だ」という感覚は、東南アジアではタイに始まったが、現在周辺の白人ツーリストの多く来る地域に急速に広まりつつある。

この数年で東南アジアの人々の感覚は大きく変化し、特にインドシナは急速にタイ化しつつあると思う。

たとえば、現在、ラオスは大量の汚い貧乏白人バックパッカーが押し寄せる国になっていて、ひょっとするとタイ以上に白人密度が高くなっているかもしれない。

ラオスのバスチケット売り場では、乗客の名前をいちいち記録するのだが、ある田舎のバスチケット売り場の若いラオス人は、汚い白人パッカーにはCould you please tell me your name?などという結構な英語を丁寧に使い、われわれにはWhat's your name? Write here.であった。

彼らにとって「ツーリズムを振興させる」とは、必然的に、タイツーリズムの「作法」をそのまま学ぶということに他ならない。それ以外の選択はないのである。

白人ツーリズムの盛況とともにアジア全体に蔓延しつつあるこのような白人の特別扱い・白人優先の実例、慣例化が、若い白人ツーリストたちの「白人」としての自覚をさらに高め、白人を「白人」として鍛え上げていくのである。

そしてタイこそは、「差別OK」「人種差別の何が悪い」「差別は文化」という思想の東南アジアにおける宗家であり、発信地なのである。

どんなに「リベラル」な白人でも、タイでの白人優先には納得しこれを素直に受け入れてしまう理由が用意されている。それは自分が不利益を受けないからばかりではない。

「『一見不当に見える差別扱い』にこそ『西洋的合理主義では理解できないオリエンタルな秘密』があるのであり、それに異議を唱えるのは野暮である」という思想を、タイはもっともらしくブランド化し、白人客のみならず白人優先を甘受する日本人客等にも向けても、高くラベルを貼って売り出しているからである。

欧米「リベラル」派白人としても、この「神秘の微笑みに包まれたオリエンタルな異文化」をやみくもに否定できない。それはちょうど、彼らが「『古式タイマッサージ』は医療とは無縁の擬似性風俗あるいは売春の口実に過ぎない」という真相について、うすうす気づいていてもそれを断言しにくいことと似ている。

このような「タイ式オリエンタリズム」の総本山がホテル「オリエンタル・バンコック」であることはいうまでもないだろう。

タイの「ホスピタリティ」は、日本(東京)のように客を平等に歓待することによっては表されず、「客に差をつけること」によって表現される。

そのようにして客の足元を見、あるいは見るフリをし、客を不安にさせたり喜ばせたりするのが彼らの流儀のようだが、そのほうが結局は誠実な接客より安上がりで楽だったりする。

上客を特にもてなす努力をしなくても他の客を「下げる」だけで「特別扱い」の意思を表現でき、あとはニヤニヤしていればいいだけだからである。

有名なタイの「差別診療」も、本当に金額に見合った治療が受けられるのかどうか私は大いに疑問である。高い費用の大部分は単なる「差別代」であろうと思われるからである。

このようにタイは、「差別」を「オリエンタルな文化」として公然と売り出している。そして、それによって、人種差別云々というような「ケチな」問題をイデオロギー的に「棚上げ」してしまう文化戦略に出ているのである。

それは、白人優先主義を制度化すると同時に、国民の間のさまざまな不条理な差別を日常の些事と感じさせ、少数民族問題や貧困問題などタイの国内問題をも同時に棚上げするイデオロギー政策にもなるとタイの支配層は考えているように見える。

しかし、このようなタイという「オリエンタルな」差別主義のイデオロギー的「エンジン」を東南アジアの中心に据え付けているのもまた、白人の世界的イデオロギー戦略の一環にほかならない。

タイは白人を「白人」として扱うことによって本物の「白人」にする、東南アジアにおけるエンジンである。

日本にいては想像できないほどの、大量の老若男女を問わない白人ツーリストが、季節を問わず、毎日、タイに押しかけている。タイは白人の学校である。彼らはそこで「白人」として鍛えられ、アジアや有色人種を見る「白人」的「視座」を確立していくのである。

  1. 2006/09/12(火) 03:54:39|
  2. タイの白人崇拝

白人の「日本の人種差別」批判は白人自身の人種差別・アジア蔑視に由来する

日本が、白人から「人種差別」という批判を受けることになる一つのありそうなモデルはこうである。

アジアにくる白人ツーリストはまず最初にタイにやって来ることが多い。タイは物価が安くその割に安全であるといわれる。イスラム国でもなく、欧米人を狙ったテロもおきていない。文化的制約やタブーも少なく何よりも白人が優遇されるから欧米ガイドブック等でも絶賛されている。若い白人の貧乏旅行には最適の国ということになる。

実際、タイに行ってみると、日本では想像のできないほど大量の薄汚い白人ツーリストがアジアに来ているのだということがわかる。そのほとんどは日本には恐らく一生来ないだろう。

タイとその周辺国だけを見て、「私はアジアがわかった」とか「アジアはすばらしい」とか、寝言を言っている白人ツーリストも少なくない。

彼らは一生日本を見ないまま「アジア」を語って過ごすのだが、彼らがアジアを気に入ったとすればそれは、アジアの「後進性」と白人ゆえに与えられていた「特権」からに他ならない。

彼らの中にはやがて少しカネができたころに日本にやって来るものも出て来る。アジアの非イスラム国・仏教圏だと思って、タイの延長くらいの軽い気持ちで日本にやって来る。

しかし、ちょっと物価の高いタイに行くような気持ちで日本に来てみたところ、タイとはちょっと勝手が違うことに気づく(六本木と肉便器とNova講師だけでやりくりできた者にとってはタイと同じだが、みながそううまく行くとは限らない)。

・タイでは安かった物が日本ではこんなに高い。アジアなのに・・・

・ネット屋がその辺にない。アジアなのに・・・

・米ドルが使えない。街に両替所がない。アジアなのに・・・

・タイでは許されていたヤンチャやワガママが日本ではやりにくいような感じがする。バックパックを担いで喫茶店内を歩き回りながら(白人の普通の声で)しゃべっていたら日本人たちに白い目で見られた。→日本には「自由」がない!「人権」が抑圧されている!

・日本では白人だからといってタイほどにはチヤホヤ持ち上げてもらえない。アジアの非イスラム圏なのに・・・→これはきっと「外国人差別」だ!

・タイでは、禿げて腹の出た60代の白人オヤジも若い娘を自由に連れまわしていたのに、日本では30代の俺が若い娘に持てない。ちょっと禿げて少し体重が増えているだけなのに・・・→これはあきらかに「差別」だ!日本社会の「差別体質」がここに現れている!

・日本にはバービアもゴーゴーバーもない。タイのように若いレンタルワイフを簡単に手に入れられるところがない。その上、風俗店は外国人を入れてくれない。・・・→これは明々白々な「人種差別」である!

註:外国人は日本の風俗店には入れないと聞いていたが、実際はそうでもないようである。
先日バンダ・アチェで会った男は、日本で5年間不法就労したことがあると言っていた。色黒で一見して外国人とわかる容姿だったが、流暢な日本語で日本滞在時代の楽しい思い出について熱く語ってくれた。
インドネシア人の友人に連れられて行った西川口の本ストでは入場料3000円のほかに別室料金3000円で完全満足制であった。外国人だからといって別室で差別されることはなかった。
ただ、「ジャンケン」に参加することができるのは日本人だけであったという。ジャンケンに勝てば別室に行く必要はない。彼はジャンケンに参加できなかったことを何度も残念そうに語っていたが、外国人が本ストのまな板ショーのジャンケンに参加できないことが「外国人差別」として問題にされるべきかどうかは、さらに議論の余地があろう。
アチェはもともと風紀の厳しい土地柄であり、彼は割礼のある敬虔なムスリムである。彼が性感染症を日本に持ち込んだ可能性はきわめて低いと思われる。
これに対して、HIV感染率が高く、ろくに風呂に入らず、傲慢で、自らの傲慢さには気づかず日本人をarrogantと批判し、空気も読めず、遊び方も知らず、「イエース、イエース、ハッハッハッハッ」と女に襲いかかることしか知らない白人が日本の風俗店に入れてもらえないのはきわめて当然の扱いである。
バンダ・アチェの日記はのちに上げる予定である。

・昔カオサンで買ったDieselの半ズボンをはいて脛毛をさらして日本橋三越を歩いていたらなんとなく浮いてるような気がした。タイではどこでも半ズボン姿で歓迎されたのに・・・→これは「人種差別」に違いない!

白人はだいたいこの程度の連中である。

  1. 2006/09/12(火) 02:43:51|
  2. タイの白人崇拝

メーサイ

メーサイでは、ほぼ毎日朝の8時と夕の6時にタイ国歌が流れる。国歌の流れているあいだは、仕事中であっても急いでいても起立清聴が強要される。国歌の時間が来ると国境の前の警察官がピーという笛を吹き、表に出ている有色人種はすべて直立不動で清聴しなければならない。

白人ツーリストは無視して歩いているが、それについては誰も文句を言わない。しかし、日本人を含む有色人種がこれに従わずに歩いていると、タイ人市民が怒り出すことがある。私はこれを経験している。

メーサイで外に出て働いている人はミャンマー人など外国人も多い。屋台や店で働いているミャンマー人等は、不法滞在者ではなく、かなりの大金をタイの役所に払ってパーミットを取り合法滞在している人たちである。彼らも起立清聴に絶対に従わなければならない。

タイ政府は、警察の威嚇をもって私たちに起立清聴を強要すると言うなら、白人たちにも同じことを強要してみたらどうだろう。タイ人にそれができるだろうか。

短期ツーリストにとってはなんでもないことのようだが、すこし長期滞在してみると、タイ国家によるこの異邦人に選別的に及ぶ思想統制および「感性のコントロール」がたまらなく嫌になる。

というのは、この感性のコントロールの基礎にもまた、肌の色によって人間の扱いを変えるのを当然と考える人種主義、帰属勢力(出身国や人種)の強さや財力によってその人の法的扱いさえ変えることを恥じない事大主義、というタイ人に顕著な体質(人種差別体質、事大主義体質)があるからだろう。彼らのそのような体質には政治思想(の右左等)とは無関係に嫌悪を感じる。

タイ政府・市民が、有色人種の外国人に対するのと同じように高圧的に、白人にも同じことを要求すると言うのなら、私は彼らの政策になんの異議も申し立てるつもりはない。

  1. 2006/09/11(月) 17:49:11|
  2. タイの白人崇拝

美人コンテストの1位が降板……タイ

先進国にはたいてい「ミスコン批判」という運動があり、いろいろな理由で美人コンテストを激しく非難する人たちがいるものです。

そのせいかどうかは分かりませんが、日本では美人コンテストを敢行する人々はあらかじめいろいろな言いわけを用意しなければなりません。
曰く、容姿だけでなく知性や教養も審査するだの、人間性を総合的に審査するだの・・・言えば言うほど滑稽になる理屈を用意し、何かしゃべらせたり、受け答えを見たりしたりするようです。

しかし世界にはそのような心配から一切自由な国もあります。そんな国の代表格の一つがタイです。タイでは、美貌こそ善であり正義である、という大原則が社会を貫いています。ミスコン批判など出る幕はないようです。

先日タイで行われた美人コンテストでは、母国語すらロクに話せない、オーストラリア白人との混血の女性がトップに立ち、ミスタイランドに選ばれました。

結局、タイ語ができないからミスタイランドとしての仕事が果たせないという分かりやすい理由で、賢明にも本人がトップの座を辞退しました。しかし、その人を選んだ人たちが何を考えていたのかは謎です。あとさきも考えず混血美人に飛びついたのでしょうか。

タイ人の「美」の基準はわれわれのものとはすこし異なると思われます。
まず、肌の色が白ければ白いほど美しい。何はさておき肌が白くなければダメ。肌さえ十分白ければ何とかなる。色黒は問題外です。

日本人から見れば色黒な人が多い国なので、これほどまでに色白に憧れる姿はいささか憐れを催します。しかし、上流階級のタイ人には華人系の肌の白い人も多いので、色白はわれわれが想像する以上に切実で具体的な憧れなのかもしれません。

褐色の肌を美の基準にすればもっと多くの人が幸せになれると思うのですが、彼らにその気はまったくないようです。タイ人が最も嫌うものが「平等」です。
ともあれ、ちょっと余裕のある人は異様な情熱で美白に励んでいるようですが、美白といっても、日本ではやっているようなシミそばかすやクスミを防ぐ美白ではなく透明感うんぬんでもなさそうです。そんなことより、なんでもいいからとにかくすこしでも肌を白く見せたい。できれば白人のように、それが無理なら中国人のように白く見せたいというダイレクトな白い肌への憧憬のようです。つまり、われわれから見れば「タイ人らしくなく」見せるためです。

タイ人にとって美はたんなる僥倖ではなく、むしろ倫理規範であり正義です。
つまり「美」を求めるのはタイ国民の義務であり、そのことに躊躇や恥じらいはまったくないようです。
そんなことから、大部分のタイ人とは似ても似つかない白人との混血女性を、タイを代表する「ミスタイランド」にしたてあげるのも平気だったのかもしれません。

美が正義である以上、美が要求されるのは男性も同じことで、その基準も同じ。色白=ハンサム=金持ち=正義の人、ということになります。

色黒の人は、外で働かなければならない人=貧乏人とみなされます。
タイでは貧しさは悪です。
貧乏人や「弱者」は人間とはみなされません。
すこしカネのある人は下女に働かせて自分は日焼けしないように昼間から日陰でごろごろというのがよくあるタイ人の姿です。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1403770/detail

  1. 2006/09/11(月) 17:48:26|
  2. タイの白人崇拝

福岡の少女、死亡確認=大津波で不明1年-タイ警察が遺体取り違え

【バンコク6日時事】昨年12月のスマトラ島沖地震の際、タイ南部を襲った大津波で行方不明になった福岡市東区の中学1年トレリ令亜さん=当時(12)=の遺体を、タイ警察が同国女性と間違えて家族に引き渡し、野焼きされていたことが6日、分かった。火葬現場から令亜さんの歯列矯正器具や骨の一部が見つかり、被災から1年近くたってようやく身元が確認された。
 令亜さんはイタリア人の父カタルド・トレリさん(48)と日本人の母恵子さん=当時(43)=の長女で、両国籍を持っている。
 令亜さん一家はパンガー県カオラックで津波に襲われた。トレリさんと長男は無事だったが、恵子さんとトレリさんの姉=同(52)=は遺体で見つかった。令亜さんだけ行方が分からず、トレリさんは何度も現地を訪れ、捜索を続けていた。 
(時事通信) - 12月6日17時0分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051206-00000090-jij-int


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「遺体取り違え」!?
人種を取り違えたということか。

犠牲者がアジア系だと見ると片っ端から「野焼き」処分していたんだね。
気の毒に、父親に似て白人顔だったら扱いが違ったんだろうが。

プーケットの津波では、救助の段階から、白人遭難者最優先、自国民(その他アジア人被害者)後回しがあまりに露骨だということが白人自身によっても語られていた。

(関連記事)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_bdc7.html
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/09/200412_bb13.html
  1. 2006/09/11(月) 17:47:38|
  2. タイの白人崇拝

Dead Rental Wives・・・・インド洋津波一周年

インド洋津波に際しタイのビーチで亡くなった「レンタルワイフ」たちを悼む。

あのとき多くのレンタルワイフたちがプーケットで死んだことは一切報道されない。
白人男にプーケットに連れて来られて遭難した、多くが貧しいイサーン地方出身の娘たち。

レンタルワイフたちはバービア、ゴーゴーバー、カラオケ、エスコートクラブ、白人専門女紹介組織・・・などで客を見つける。月1万バーツから3万バーツ(当時1バーツ=約2.7円)で外国人客と契約し、セックス、観光ガイド、通訳、暇つぶし、身の回りの世話など一切をする。

タイ人救助隊も白人ツーリスト救助を最優先・最重要任務にした。

色が黒く「醜い」イサーン女などは見向きもされなかっただろう。タイ人にとって色が黒いということは「醜い」と同義であり、醜いことや貧しいことは「悪徳」と同義でさえある。

自分は運良く生き残り、最優先に救助され、自分が買って連れまわしていた女が行方不明になっていた白人ヴァカンス客たちは、何を思い、どんな顔で帰って行ったのだろうか。
おおかたコソコソと逃げて帰ったのだろう。

その女とプーケットにいたことを家族に言えない連中も多かったはずだ。

実際、プーケットでの外国人遭難者の名前を公表することに対してはヨーロッパで「プライバシーの侵害」であるという声があがっていた。

「ひどい目にあった。
やっぱりアジアは怖いところだ。
しかし俺は運がよかった。
俺は一人でバカンスに来ただけだ。
払うものはちゃんと払った・・・・」

彼らは一貫して何も語っていない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Dead Rental Wives
http://www.akha.org/modules.php?name=News&file=article&sid=196

  1. 2006/09/11(月) 17:46:27|
  2. タイの白人崇拝

白人(ウェールズ人)女性に対するレイプ致死容疑のタイ人漁民に速攻の死刑判決【タイ】 イギリス政府は「失望」

サムイ島でウェールズ人女性ミス・ホートンをレイプ・暴行して放置し死に至らしめたとして逮捕されたタイ人漁師に死刑判決が下された。

タクシン首相は、被疑者はタイのイメージを傷つけたから、死刑執行されるべきだと述べた。

被害者ミスホートンの遺族は、他国の司法手続きにかかわりあいになりたくないとくりかえしている。アムネスティインターナショナルは速すぎる判決を批判。

Thai Prime Minister Thaksin Shinawatra said the men should be executed because of the damage to the country's image.
The family of Miss Horton, from Cardiff, thanked Thai police, but Fair Trials Abroad and Amnesty International criticised the speed of their sentence.
Amid concern in the UK over the nature of the trial, the Horton family reiterated that they did not want to be involved in the criminal and political processes of another country.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/4623024.stm

白人メディアはこの事件でも、プーケット津波でのスウェーデン少年失踪のときと同じように、狂ったように大騒ぎした。しかし、このミス・ホートンのタイでの素行がどんなものだったかについてはあまり語られないように見える。そもそも、白人のタイでの素行については欧米メディアでは全く語られない。その代わりに、日本人や中国人の買春や人身売買が大騒ぎされる。

Colonel Preecha Thimimontri, who headed the police investigation, said they "respected the verdict of the judge.
Even though they have the death penalty, they have the right to go to the appeal court,he said.

控訴はできることになっているらしいが、タクシン首相はすぐに死刑にしたがってるらしいから、勅令でも国王の「お言葉」でも持ち出せば執行も可能なのだろう。

A Foreign Office spokesman said: "We are grateful to the Thai police for all their hard work with this case.
But he added:The government opposes the death penalty in all circumstances and has made this clear.
Fair Trials Abroad's Stephen Jakobi said he was "disappointed" at the death sentence.

死刑反対のイギリス側役人は、死刑判決には「失望」したという。
タイ人としては理解できないことだろう。せっかくファランのご機嫌とってあげてるのに何が気に入らないの、ってところだろうね。中国人と同じで、立憲主義も法の支配も「全く知らない」タイ人には、批判される意味が理解できないだろう。

たとえば、日本人が白人と一緒にタイのホテルに入ったりすると、連れの白人だけが客として扱われてこちらはまるで白人が連れてきた召使のように扱われることがあるが、そういうときに、かりにその白人のほうからタイ人にそのことについて注意した場合(そんなことをする白人はまずいないと思うが)、タイ人にはなんで注意されなければならないかがまったく理解できない。どんな高級ホテルでも同じ。それと似た状況ですね。

He said he was not aware of a death sentence being imposed in similar murder cases in Thailand and highlighted the jail term given to a police sergeant who killed a British couple last year.
Katherine Gerson from Amnesty International said: "We are also concerned that the prime minister has called for the imposition of the death penalty. That is for the judiciary to decide," she said.

罪刑法定主義なんて全く通用しない国らしい。罪の重さも殺された人間の国籍や人種や海外メディアの騒ぎ方によっていくらでも変わる国。

同じイギリス人が殺された事件でも、貧しい漁民がやったか警察官がやったかによって刑罰が変わる。しかし、タイ人がタイ人を殺した場合との比較はここでは出て来ないい。それがいかにも白人メディア。

タイの地元新聞を読むより

サムイ島で発生したイギリス人女子学生レイプ殺害事件で逮捕された
2人の漁船乗組員の男に対する判決公判が昨日スラーッターニー県の裁
判所で開かれ、裁判所側は2人に対して死刑の判決を下しました。

 逮捕されてから実に9日後に極刑判決が下されるという異例のスピー
ド判決の背景には、国際的に大きく報じられていた事による観光イメー
ジへの懸念と、外国人旅行者に対する犯罪への確固たる姿勢を国際社会
に見せたいとの思惑があったと見られています。(勿論為政者の殆どが
大中華のDNAを濃く引き継いでいるというのもあるかもしれませんが。。)

 尚、この事件に関しては、タクシン首相が極刑に処すべきであると発
言する一方で、被害者の実母が極刑をのぞまない発言をしていたことで
も国際的に話題になっていました。


「失踪白人女性症候群」 ボロボロ
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/01/post_5152.html

「失踪白人女性症候群」 
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_bdc7.html
       

  1. 2006/09/11(月) 17:45:18|
  2. タイの白人崇拝
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タイの仏教  クアラルンプルの夜の街で托鉢するタイ人上座仏教僧

「ニノイ・ナ・カー」in KL!夕方托鉢に来るタイ人尼僧。 タイ人托鉢僧と売春婦を消してほしい

夕方托鉢に来るタイ人僧は「偽坊主」である。決してカネを恵んではいけない。

上座仏教(小乗仏教)では、早朝、朝飯前に托鉢に回るのが基本。

僧が托鉢で得た食物はその日のうちに消費するのが本来の姿。蓄えをしてはいけない。午後は食事もしてはいけない。だから夕方托鉢するなど本来ありえない。

遅い時間〔時ならぬ時間〕の托鉢はスッタニパータかダンマパダで釈迦牟尼自身が諌めていたと記憶する。

午後はそもそも出歩くべきではない。「やたらうろつきまわるな」とも書いてあるはず。

ところがそれにもかかわらず、三宝と善逝のあらゆる教えを踏みにじり、黄色い糞掃衣をまとったタイ人仏教僧が、マレーシアの首都ここクアラルンプルのど真ん中で、毎日のように、夕暮れ時にカネをせびりにやってくる

夕方から深夜にかけて中華街をうろつきまわり、非ムスリムのアジア人と見ると、ひとが日本語や英語を読んでいる鼻先に鉢を突きつけてうるさく声をかけカネの無心をする。

白衣の尼僧もしつこく来る。

人の読書を中断させて、しかも、このマレーシアの首都で「ニノイ・ナ・カー」だと。頭がおかしいのだろうか。

このとき私がコーヒー屋で読んでたのは英字紙で、タイ語じゃない。ここはタイじゃない。私はタイ人顔じゃない。色も黒くない。

穢れた手で触れられたような気持ちになった。

タイ土人はどこに行っても自分中心に世界が回っていると思っている。

白人には頭が上がらないから、白人の溜まり場を遠巻きにして媚びるように控え、お恵みを待つ。

毛嫌いしているムスリムには近づかない。

しかし、それ以外の世界では自分たちがいつも中心にいると信じている。

私はいつも「私はムスリムだ」と言って追い返している。

タイ人売春婦タイ人乞食坊主・尼僧は、東南アジアの精神汚染の元凶である。

タイ人坊主は、ネパールやインドの(インチキ)サドゥーとはまったく違う。小乗タイ坊主には、ヒンドゥーのサドゥーたちのような愛嬌もしなやかさも謙虚さもない。(同じインチキレベルを比較してもである)。

というのは、サドゥーたちは、たとえフィクションであっても、何も持たないこと、無一物であること、執着を持たないこと、などを直接の拠りどころとし自らの立場としているのであり、したがって、自分は「ただの乞食」との社会的な区別はないことをむしろ身上とするものであって、現実に、ひどく罵られて追い返されることも珍しくない。(釈迦の時代もそうであったことがスッタニパータの記述からもうかがえる)。

これに対して、タイ坊主たちは国家権力とも結びついた上座仏教教団の社会的「権威」を背景に、喜捨しないことに対するアジア民衆の後ろめたさや迷信的な感情に直接つけこみながら、カネをゆすりとっている。彼らにとっては、拒否されないことが当然のことであり、彼らがタイ世界にいる限り罵られることなど想像もできず、(因果に関する)宗教的な思想からというよりも、むしろ、自分たちの社会的立場のもつ世俗的な「力」ゆえに、敬意をもって遇されるのが当然であると考えているのである。

大げさな話でなく、タイ人だけは日本に入国させてはいけないと私は信じる。

彼らは重大な犯罪を犯さないかもしれないし、政治的な反日運動に加担しないかも知れない。

しかし、彼らタイ人は、彼らががどこへ行っても周囲に撒き散らしている穢れた「タイ精神」(=土人売春婦精神、外国でも平気でタイ語で割り込んで来られる乞食坊主精神)によって、見えない形で日本の風土を汚染し、精神の土台を侵食するに違いない。

この「タイ精神」は、HIVのように有効な抗体ができにくく、しかも精神生活の免疫力である「マトモな感性」を根底から、しかも静かに破壊していくのである。だからなおさら危険なのだ。

きつい言葉のように見えるかもしれないが、実際はそうでもない。なぜなら、日本人からこんなことを言われてもぜんぜん悔しくないというのがタイ精神の本領だからである。

「白人がこんなにボクたちをかわいがってくれてる」「白人はタイが一番好きだ」という事実を示すことによって、あらゆる有色人種に対抗できると本気で思っているのがタイ人である。

もしもタイ人が「精神汚染を撒き散らす土人」と軽蔑されたくないと思うのなら(そう思わないから救いがないのだが)、まず以下の三つのものを、目立つところからだけでも一掃してみればいい。

①土人売春文化(白昼堂々たる売春婦レンタルワイフ文化、貧乏でもないのに永久に「オンリー」をやっている白人占領文化)。

②危険極まりない街中の野良犬

隣国にまで出稼ぎに行き、夕方カネをせびりに来る上座仏教坊主。あろうことか「占い」で金を稼ぐ上座仏教坊主。昼過ぎてから物を食う上座仏教坊主。コカコーラの2リットル入りペットボトルを列車の中でラッパ飲みする上座仏教坊主。売春婦を寺に住まわせる坊主。これら上座仏教僧の世俗的諸特権および政治への口出し。

タイ人はすでに結構な金持ちなのだから、その意思さえあれば一掃できるものばかりである。


クアラルンプル(KL)中華街

白人の群れ集まっているところ。マレーシア人には相手にされないタイ坊主が白人ツーリストに媚びて乞食にやってくるのがしばしば見られる。
これらの坊主は、ツーリストにしか托鉢しないようだ。上座仏教の僧と称しながら、朝ではなく、夜中に托鉢する。 タイ仏教の腐敗ぶりをよく示している(本来、仏教僧は朝しか托鉢しない。食事も午前中だけ)。

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  1. 2006/09/11(月) 16:32:18|
  2. タイの仏教
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群れたがる白人

クアラルンプル(KL)中華街。 白人の群れ集まっているところ。マレーシア人には相手にされないタイ坊主が白人ツーリストに媚びて乞食にやってくるのがしばしば見られる。これらの坊主は、ツーリストにしか托鉢しないようだ。上座仏教の僧と称しながら、朝ではなく、夜中に托鉢する。タイ仏教の腐敗ぶりをよく示している(本来、仏教僧は朝しか托鉢しない。食事も午前中だけ)。

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群れ集まっている白人は、同じ場所にいてもお互いに知らないもの同士であることが普通のようだ。しゃべりもしないでじっとしていることも多い。ただ白人だからという理由で動物的に群れになっている。

IMGP0511.jpgIMGP0512.jpg


次の写真の中に映っている日本人女が一番滑稽
である。隣の毛唐にしなだれかかっているように見えるが、たんにアンニュイを気取っているだけで、単独行の女であった。

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ここで群れになっている白人たちは、白人のまだそれほど多くないこの町で「白人だけの空間」を作りそのなかで「リラックス」したいからこそ、見知らぬ白人同士であってもこうやって群れているのである。つまり、ここは、ウェイターや従僕、女奴隷以外の有色人種には割り込んでほしくない空間なのだ。

その空間に有色人種が対等な客として割り込むこと自体、白人にとっては基本的に不愉快なのである。アジア女が女一人でそのなかに飛び込むなら、今夜の客を探している売春婦でしかない。

IMGP0510.jpg

本人は白人ツーリストたちの中に一人でいることで、自分が「外国で一人で行動できる」日本人であることを確認し、周囲にアピールしているつもりなのかもしれないが、白人から見たらただのアジア人売春婦の一種としか見られないだろう。(あるいは「これが有名な日本の肉便器なのか」と思われるかもしれない。)いずれにしてもまるで滑稽な光景。

この店の近くにも、白人客がまったくおらず、同じような料理をむしろ安く食べられる食堂はいくらもあるのである。

白人は「白人のための空間」を作るために群れになる。この空間に入りこんでよい有色人種は、ウェイターなどの従僕と、白人の所有物である奴隷・女奴隷だけである。あえてその中に飛び込むことは自らそのような地位を引き受けることを意味する。

 白人の連れている奴隷や従僕(売春婦を含む)に限り、有色人種であってもこの空間に入ることが許される。このことは白人世界の伝統なのであり、KLでも東京でもどこでも見られるものである。



  1. 2006/09/11(月) 16:07:13|
  2. 白人のいる風景
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ニフティのココログ写真検閲に関する総括

「日付のある紙片」に対する恫喝を伴う写真削除要求によって明らかになったニフティの画像検閲の基準と方針を整理してみる。

ニフティは次のように明言する:

実体上の人物画像掲載基準について  

「弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいたします。」

この基準に従うなら風景写真の片隅に写る見知らぬ人の顔もまた削除しなければならないということになる。今日の技術では、写真の片隅に写る小さな顔からポートレートを作成することも可能である。また、子供の写真を掲載する場合は、常に親権者等の同意が必要であることになる。親の同意を得ない未成年者の意思表示も取り消しがあるまでは有効であるが、いったんインターネットに流れた画像を取り戻すことは困難である。また、ブログの意味、インターネットの意味を十分に理解していない者にも承諾能力がないと見るべきだろう。そのような承諾には錯誤または瑕疵があると見るのが相当だが、これも同様にネット掲載後は原状を回復し得ないものだからである。

手続上の画像検閲の方針について

会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するようなことは行っておりませんが、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております

画像掲載基準に極めて厳格な基準を採用する一方で、実際上の検閲の方針は、きわめて恣意的な裁量に任せられているといえる。

すなわち、第三者(一般閲覧者)の苦情に応じて、苦情のあった箇所を検討するのみならず、苦情の対象となったブログ全体に対して、ブログ作成者に圧力をかける口実を探し、その場合に方便として①の厳格な基準を適用する(盾に取る)というものである。ニフティからの通告が恫喝めく所以でもあろう。同時にこれは、クレームをつけた者の声の大きさ、社会的な地位、脅威などによって、検閲をしたりしなかったりするということを意味する。


(資料)

ニフティからの通告メール


3通目


○○○○○ 様

 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
 メールサポートセンター三木田です。

 たびたびのご連絡にお手数をおかけしております。 2通に渡りお問い合わせいただいた件について回答させていただきます。

 今回の件について、弊社窓口にご連絡いただいた第三者の情報ですが、弊社には個人情報の守秘義務がございます。そのため、ご連絡いただいた方の情報をお客様へご案内することはいたしかねます。この点、何卒ご了承ください。

 また、会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するようなことは行っておりませんが、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております。この点、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。

 続きまして、画像の許諾について回答いたします。

 弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許
諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいたします。

 次に、肖像権について@niftyでは以下のように考えております。

 肖像権におきましては、芸能人など有名人の氏名・肖像にはパブリシティ権
と呼ばれる権利が認められています。パブリシティ権を定めた法律はございませんが、この権利は裁判所によって認められています。


 パブリシティ権を一言で申し上げますと、自分の氏名・肖像がもつ経済的な価値を他人に勝手に利用されない権利と言えます。従いまして、芸能人等の有名人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、本人の承諾を得なければなりません。

 芸能人等の有名人でない人についても、裁判所は、「氏名や容貌について勝手に他人に利用されたり、他人の目にさらされたりすることのないように保護されるべきものである」との考えを示しています。従いまして、芸能人等の有
名人でなくとも他人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、やはり本人の承諾を得るべきと考えております。

 以上の点について、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

 最後に、見直しの期限につきましては、先日のご連絡と同様 8月28日(月)の正午までにご対応いただきますようお願い申し上げます。

 お問い合わせいただきありがとうございました。

          アット・ニフティ メールサポートセンター :三木田
=============================================
【お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/


2通目


○○○○○ 様

 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
 メールサポートセンター三木田です。

 はじめに○○様より 2通に渡りお問い合わせをいただいておりますが、当メールにて併せて回答いたします。

 前回もご案内させていただきましたが、このたび、○○様のココログを閲覧された第三者の方から、お客様の記事の文章について「利用規約に反している記載があるのではないか」とのご連絡がありました。

 お客様のココログに掲載されている文章について、弊社でも詳細を確認いたしましたが、該当の記事が直ちに名誉毀損であるかどうかの判断は、弊社でもいたしかねます。そのため、文章について修正等の対処をされない場合でも、○○様のココログを一時停止措置をすることはございません。

 上記の点については、前回のご案内がわかりづらく誠に申し訳ございませんた。記事の文章については、上記内容をご留意の上、お客様ご自身の判断で修
正等をしていただきますようお願いいたします。

 また、弊社でお客様のココログを拝見した際、許諾を得ているとは判断し難い多数の人物写真が掲載されていることを確認いたしました。弊社では、ココログならびに弊社ホームページサービスにおいて掲載する人物写真について、全て本人の許諾が必要と考えております。

 ○○様のご指摘のとおり、肖像権の侵害は私法関係であると弊社でも捉えておりますが、弊社会員規約では請求等が発生しなくとも、肖像権を侵害する行為は禁止しております。

 前回、弊社側では実際に該当の被写体から掲載の許諾を得ているか判断はできないため、「弊社会員規約に抵触する恐れがある」とご連絡いたしましたが、掲載する写真について許諾を得ていないものは違反行為となります。恐れ入りますが、許諾を得ていない全ての写真について削除していただきますようお願いいたします。

 なお、上記内容にご同意いただけず、残念ながらお客様のココログが一時停
止措置となった場合、再開希望の連絡をいただければお客様のココログを再開することは可能です。また、過去の記事・画像も保存されておりますので、この点はご安心ください。

 最後になりますが、弊社が提供するココログの運営については、原則開設者様の自己責任でご対応いただいております。ただ、閲覧された第三者の方より弊社へ苦情が寄せられ、弊社会員規約、各種利用規約と照らし、対応が必要と判断した場合は今回のご連絡のように会員様へ対応の要請をさせていただいております。この点、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。

 お問い合わせいただきありがとうございました。

           アット・ニフティメールサポートセンター :三木田
==============================================
【お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/


1通目


××××× 様

 平素はアット・ニフティをご利用いただき、誠にありがとうございます。

 突然のご連絡で申し訳ございませんが、このたび下記の××様のココログに掲載されている文章について、利用規約に違反しているのではないかとのご連絡を弊社宛てにいただきました。

【××様のココログURL】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/cat6060665/index.html

【ご連絡いただいた対象URL】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/07/fuck_offredneck_cfd2.html

 弊社でも××様のココログを確認させていただきましたが、掲載された文章
が名誉毀損にあたるものか、弊社では明確な判断はいたしかねます。そのため直ちにココログ利用規約に違反する内容であると弊社では判断しておりません。

 ただ、該当ページを確認する限り、掲載されている画像は、ココログ利用規約第 8条 2項に抵触する恐れがあります。

 恐れ入りますが、他人の写真を無断で掲載されますと肖像権やプライバシーを侵害する恐れがございます。他人の肖像権やプライバシーを侵害する行為は、ホームページ利用規約第 8条にて禁止しておりますので、他の閲覧者が「侵害行為」と思われるような内容の記載についてはご遠慮ください。

 お手数ですが、 8月28日(月)正午までに、下記の項目について対応いただきますようお願いいたします。期限までに対応を行っていただけない場合には、同規約に基づき、弊社にてお客様のココログを他の方から閲覧いただけない状態にさせていただきますので、ご承知おきください。

----------------------------------------------------------------------
・上記掲示板の写真について、掲載されている本人などから掲載の承諾を得ているか具体的に当方までご連絡いただくこと。
・承諾を得ていない場合は、該当する写真を削除していただくこと。
・掲載されている文章について見直しを行っていただくこと。
----------------------------------------------------------------------

  なお、上記内容につきましては、お客様のID宛にメールにて連絡させていただいておりますが、念の為、ご登録住所宛に郵送でもご連絡させていただいております。内容が重複いたしますこと、ご了承くださいますようお願いいたします。

 最後になりますが、弊社サービスのご利用にあたっては、以下のアドレスにより今一度@nifty会員規約、ココログの利用規約をご確認いただき、遵守していただきますよう宜しくお願いいたします。これらに違反した場合は、会員資格を停止する場合もございますので、十分ご注意ください。

                                 以上

                           ニフティ株式会社
===========================================

お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/

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  1. 2006/09/03(日) 21:47:00|
  2. 日記
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東京

8月30日マレーシア時間午前11時発のマレーシア航空で成田へ。

生真面目に3時間前に空港に行ってみたがちょっと早かった。「ランダムチェック」なるものがあった、引っかかってるのは私のほか出稼ぎ風のアジア人旅行者ばかり。

ふらふらして出発ロビーに戻ると日本人だらけ。夏休みをこちらで過ごしたらしい学生がいっぱい居た。ビーチサンダルで飛行機に乗る女の子もちらほら。脛から上はわりとこざっぱりしているのだが。とはいえ私もテ―ヴァのサンダル。彼女たちは私の知らないマレーシア(ランカウイとか)を楽しんできたのだろう。

 KLIA(クアラルンプル国際空港)は、東南アジアでは今のところ私の一番好きな場所かもしれない。新しくてなかなかキレイなところである。

KL中華街からは、パサルスニ駅から旧「プトラLRT」(現在はKelana Jaya Lineというらしい。ちなみに「スターLRT」は現在Sri Petaling Line)でKLセントラル駅へ行き、「KLIAエキスプレス」に乗るのが穏当な手段。プトラでNilaiまで行きバスに乗るとかの方法もあるが、タイ沈没組ならともかくマレーシアに来て飛行機に1000円ケチるのもあまり意味がないと思う。

そのKLIAエクスプレス(「京成スカイライナー」みたいなもの)のなかで最後の最後にこんなのを見せられる。

55213_IMGP2391_122_432lo.jpg

http://img130.imagevenue.com/img.php?image=54844_IMGP2390_122_530lo.JPG

54844_IMGP2390_122_530lo.jpg

http://img136.imagevenue.com/img.php?image=55213_IMGP2391_122_432lo.JPG

http://img131.imagevenue.com/img.php?image=55240_IMGP2392_122_316lo.JPG

imgIMGP2394.jpg

http://img7.imagevenue.com/img.php?image=55258_IMGP2394_122_514lo.JPG

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最近マレーシアの新聞ではKLIAでの出発の遅延が話題になっていたが、飛行機はほぼ時間通りに出発する。マレーシア航空と全日空との共同運航便。

乗客の半分くらいは日本人のようだった。そのほか、インド系がわりと目立ち、マレー語の新聞を読んでいる客、髭のアラブ人客も居た。

エコノミーにスッチー(女性客室乗務員のことをいう)は4人。3人は日本人で、そのうちの2人はここ久しく見たことのない美人だった。

ところが、私の席のあたりには3人もいる日本人スッチーはぜんぜん回ってこない。来るのはマレー人スッチーだけ。しかも食事のときくらいしかこないので水も頼めない。マレー人によくあるガサガサ肌のねーちゃんだった。

マレーシアにしてもタイにしても、女性の肌がどうしてひどくやられているのか。食い物のせいなのか、食品の規制がゆるくて合成物質をたくさんとっているからかなど、いろいろ原因を考えてみたが、やっぱりいちばん大きいのは四季がないことではないかと思う。つまり年中似たような気温なので、同じストレスが肌にも年中加わっていることになる。

日本時間7時過ぎに成田に着く。8時ごろの京成スカイライナーで日暮里へ。

今回、東京の印象は良かった。電車などの独特の臭い(長年の酔っ払いとゲロの臭いが鉄に染み込んだような臭い)がちょっと残念ではある。マレーシアの都心や電車など歴史のない場所にはこういう臭いはない。

しかし何よりもやはり、きれいで便利な場所なのに白人がいないところがあること。これは東南アジアではほとんど考えられないことだと思う。東南アジアでは(シンガポールについては行ったことがないので知らないが)、きれいな場所、便利な場所では、程度の差はあれまずもって白人が一等の客である。便利でこぎれいな場所なのに白人を見かけないということはまずない。

東京はとても静かな都会だった。私鉄の最寄駅から10分以上歩く私の住所に近づくと、文字通り耳を圧する静寂にうろたえるほどである。私がこれまで旅で歩いた場所では体験したことのない感覚である。チベットにもネパールの山の中にもこの感覚はない。便利なところはどこもうるさくガサガサしていて人心も落ち着きがなくたいてい毛唐がのさばっている、静かなところは不便で危険である、というのが多くの国では普通ではないだろうか。

半年ぶりに自分の町に帰って、以前と同じ店が営業していて同じ店員が同じように働いていることにちょっと感動を覚える。タイではもちろん、マレーシアでも人の移動、店の廃業はもっと頻繁である。一ヶ月ほかを回って戻ってみたら自分のお気に入りの店や心安い店員が消えていてがっかりするということがよくあった。家の近くのコンビニに入ると昔からいるおばさんがまだいる。この人は10年も前からここにいて、苦手なのだ。テレビをつけると半年前と同じ芸能人が顔を並べていていた。

いつも逃げ出すような構えで日本を出るので、帰ってきたあとはいろいろと大変である。

テーマ:白人のいる風景 - ジャンル:旅行

  1. 2006/09/02(土) 06:08:18|
  2. 白人のいる風景
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「白人のいる風景」をなぜ企画したか

ニフティ・ココログより転載)

これがキッカケでこのブログが閉鎖されようとしている「白人のいる風景」ですが、私がなぜこういうシリーズを作ろうとしたかについて説明します。

ひとことで言えば、目で見てみなければわからない現実があり、日本ではほとんど語られていないことがここにあるからです。

日本でよく語られること、私も以前から聞いていて信じ込んでいたことは、まず、東南アジアで買春旅行をしているのは日本人オヤジばかりだというような話でした。それがウソであることは何度も述べてきました。たとえばこの記事に書いたとおりです。それと、白人男がアジア人女性を連れているのは「自由恋愛」だという伝統的なウソ。

では、自分で行って見さえすればいいのかというと、必ずしもそうでもないというのが私の考えです。

たとえばタイですが、タイに行きすぎた人、タイに埋没してしまった人の目には、やがて現実が入ってこなくなるということがあります。

最初にタイに行ったころ、そこでの白人たちがやっていることや振る舞いを見たときは本当にカルチャーショックでした。ここはまだ列強の植民地時代だとしか思えないところでした。

売春婦やレンタルワイフを白昼堂々と連れまわす白人オヤジが大量にいるだけでなく、それ以外の白人も圧倒的に多く、植民地の主人然として振舞っている。いつもキレイごとを言う白人たちだが、だれも買春白人オヤジを批判しない。

買春白人があまりにも堂々としているので、しばらくそういうところにいると、彼らの旅の仕方やバカンスの楽しみ方(レンタルワイフを雇って同棲)のほうがここでは正しいのではないか、彼らは正しく人生をエンジョイしているだけなのではないかという気すらしてくる。

こういう国を長期旅行する人は、どこに行っても買春白人たちが偉そうにのさばっているので、まともな感覚の人でもいちいち気にしていられない。次第に無感覚になっていくし、自分の倫理的な防波堤も危うくなってくる。

このように、タイなどに長くいる人は、白人の振る舞いにどんどん無感覚になっていく。そうならないといられない。

また、白人のセックスツーリズムはレイシズムと不可分だと思いますが、タイなどに長く滞在している日本人は、白人の堂々たるセックスツーリズムに無感覚になると同時に、白人のレイシズムにも無感覚になってしまう。タイ人による人種差別、白人優遇も強固なルールになっているので、それにいちいち反発してもしかたがない。結局、どんどんまともな感覚が鈍磨していきます。

だから、日本にいて、白人たちが日本人より正しいことをしているかのような幻想を持っている人にこそ、この現実の一端を目で見てもらい、白人に対する幻想や日本人に対する卑下を捨ててもらいたいという動機でこのシリーズをはじめたのです。

結局マレーシアとインドネシアだけで、タイ編は提供できないことになりましたが、いずれタイ編も提供する予定でした。

東南アジアにおける白人のレンタルワイフ遊びが顔出し暴露に値する犯罪行為であることは、上にあげた記事のほか、売買春・レンタルワイフ関係児童買春(子供買春)などのカテゴリーにはいっている記事や、最新の記事ではカーは理由があってタイを選んだ "farang kee-nok" ニューヨークタイムスなどをよく読んでもらえればわかるはずです。

売春やレンタルワイフ遊びとは限らないという彼らの抗弁は、以前も書いたとおり、白人男性とアジア女性カップルの10中8、9がレンタルワイフ遊びであるような場所に、あえて白人男に同伴していくアジア女性あるいはアジア女性を同伴する白人男性は、第三者から8、9の側と同視されそのように扱われるるリスクを覚悟するのが当然であるという条理を、故意に無視するものです。これは白人メディアがずっとやってきたイカサマなのです。

誰でもゴム草履を愛し短パンを愛し汚いTシャツを愛する自由を基本的人権として持つが、そういう格好で高級ホテルに入っていったなら守衛につまみ出されたり捕まえられて犯罪者扱いされても文句は言えないというのと同じことです。誰もが自分のいる場所と状況を選ぶ自由を持つが責任も持つ。公共の場所にいつ誰とにいるかについて責任を持つのは当然です。

「白人のいる風景」は、他人が私室でやっていることを盗撮したりするものではありません。そうではなくて、東南アジアで公然と売春婦を連れ歩く白人の開き直った犯罪行為を暴露するものです。彼らはこの程度のリスクは当然引き受けるべきです。

いずれにしても、どこの誰かもわからない人の「ご連絡」があったから、記事を削除せよ、というニフティの要請を受け入れることだけはできません

それがいわゆる「プロ市民」のボランティア活動だったとしたら、悪い前例を作ることになると思いませんか

「ご連絡」をした人は「文章」が気に入らないといってきたそうですが、ニフティは画像を削除せよといっています。文章も「見直せ」といっています。

画像を削除したら今度はやっぱり文章だということになるかもしれません。

こういうことをやっていたら、この国は、いや、このブログは私のブログではなくなってしまいます。

  1. 2006/09/02(土) 04:42:32|
  2. 白人のいる風景
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