白人のいる風景

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オランダ毛唐関連です(DM)

読者から。

在オーストラリア自称日本軍従軍慰安婦オランダ人アメリカ下院委員会で証言するそうです。

オランダ人の歴史認識について面白い記事を見つけたので、ヒマつぶしにでもどうぞ。
http://zeroplus.sakura.ne.jp/u/2000/0422.html

オーストラリア+オランダ+「従軍慰安婦」・・・・・最強のブランド!というほかないが、内容も最強なので一部引用します。

この前、オランダの週刊誌記者というのが突然、訪ねてきた。何でもこの欄で書いたオランダ評が向こうの新聞に載り、それで結構な騒ぎになっているという。

 江戸時代末、欧米を巡業した旅芸人一座の座長がオランダを評して「人わるし、国また悪しく」と書いた理由をその後のオランダ人の行動から分析してみたものだ。例えば、日本人を悪臭を放つ猿と表現する人種差別意識の強さ、植民地だったインドネシアの独立のさいに謝罪どころか逆にばく大な“独立許可金”を請求したあこぎさ、それに何度も日本から賠償と謝罪を繰り返させながら、日蘭交流四百年記念の今年、また同じ要求をするしつこさなどをあの座長は感じ取っていたのでは、というごく妥当な結論にしておいた。

・・・・・・・

日本軍とオランダ人の遭遇という一断面だけで、つまり自分たちがやった植民地支配などをさっぱり棚上げして、あのころの歴史を評価するのはいかがなものかと問いかけ、その意味でコック・オランダ首相がこの三月下旬、日本に何度目かの謝罪を求める一方で、インドネシアへの非道な行為を初めて認めて「わびる用意がある」と語ったことを高く評価してみた。

 そうやって他人のあら探しだけでなく、自分のふりも見つめれば、おのずと歴史を正しく見ることができるじゃないか。そうすればお互いの理解も増すはずだ、と。

 その辺でやめてもよかったけれど、ついでに日本には、いわれるように拡張主義、侵略主義を展開するほど資源や軍備に余裕はなかったことにも言及してみた。

・・・・・・・・

 しかし、これもまた逆効果だったらしい。この私見がハンデルスブラット紙に掲載されるや、同紙の投書欄に山のような反論が次々に載せられた。

 いわく「タカヤマは日本の歴史をゆがめる唾棄すべき偽善者で、アジア諸国を植民地のくびきから解放したというとてつもない虚構をでっちあげようとしている」

 「彼は傲慢にも日本軍が犯した重大な戦争犯罪と、オランダ人がインドネシア人に対してやった小さなミス(Lapse)を同じに扱おうとしている

 「インドネシアの占領は日本の拡張主義の最後の到達地で、彼らは抑留者にそのままでは食うこともできない大豆を食事に出し、オランダ人を淘汰しようとした。朝鮮や中国で日本軍が行った無慈悲さをもって」

 以下、少なくとも八通の投書はいずれも本人が読んでいていやになるようなものばかりだが、もう一つ共通しているのが、三百五十年にわたって搾取を続けたインドネシアの植民地支配について、あるいは戦後、独立を求めて立ち上がったインドネシア人を近代兵器を総動員して八十万人も殺しまくった事実について「ささいなできごと」にしている点である。

私は、「オランダ人は卑劣だがイギリス人は紳士」、だとか、「ドイツ人は日本のトモダチ」だとか、そういう園児的な妄想に与するものでは決してないが、思想戦においても弱い環から潰していくという発想は必要ではないかと思う。

同じ傾向のグループの中でも、そのうちのもっとも卑小な構成員において、そのグループ全体のもつ卑劣さが集中的に表れるということはあると思う。そこで、その卑小なチンピラの弱みに付け込み、まずはその男をいわば「スケープゴート」にし、血祭りにあげて他に示すということが戦略としても有効であろう。

だから、オランダごときと言って高踏的な態度であしらうのでなく、むしろここで日本は集中的徹底的な「日本の反論」をすべきだと思う。それは、その他の諸案件に関するアピールにもなる。

イギリス人ネタ、イギリス人は「泰緬鉄道問題」になぜ怒るのか、

英国紳士にみる落差 植民地支配と謝罪要求

後にオランダKLM航空東京支社長になった元捕虜氏は「体重が半分になるほどひどい作業だったが、最もこたえたのは白人が有色人種に使われたという屈辱感だった」と語っている。

・・・・・

 「英国は植民地時代の搾取と横暴についてはいまだに謝罪も賠償もしていない」とはミャンマー政府の要人の言葉である。ついでながら、マレーシアにも仏領植民地だったベトナムにも旧宗主国はわびもいれていない。

ちなみに、泰緬鉄道ネタでいまもいちばん直接的に反日の旗を振り続け、白人の反日感情を梃子にして白人のご機嫌を自国へと取り結ぶことにもっとも執心な国は、大日本帝国の「同盟国」であったはずのタイ王国である。

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  1. 2007/02/10(土) 12:44:28|
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チパナスCipanas (バンドゥン近郊の温泉) その1

バンドゥン鉄道駅に近いアンコタ(ミニバス)ステーションに行き、チチャフウム(Cicaheum)バスステーション行きのアンコタがあるかどうか聞く。このアンコタステーションには座るところもなく、汚くて空気が悪い。

バンドゥンの下町の汚さは格別のような気がした。デリーとかカトマンドゥと比較にならない。バンドゥンの汚さは残飯生ゴミ的な汚さ。

結局チチャフムへ行くアンコタはなく、その辺の人たちの指図に従って、通りでダムリのシティバス1番を拾う。

チチャフウムまでのシティバスはエアコンつきでいいバスだった。

チチャフウムに着いてバスを降りるとすぐに、役人の格好をした男になぜか金をせびられる。断るとそれで終わり。その辺の屋台で番をしている男もなぜか役人のような格好をしている。

チパナス方面に行くバスはすぐに見つかった。ミニバスのようなバスでシティバスより小さくエアコンもない。バスの中でチケットを買う。このバスはガルッGarut行き。

バスが停車するたびに物売りが乗り込んでくる。しかし、タイなどのバスのような物売り然とた物売りではない。

綿棒のパケを乗客にひとつずつ手渡していく人がいる。最初は日本のティッシュ配りかと錯覚したが、もちろんそうではない。すぐに回収に来る。それまでに買うかどうかを決めるというシステム。買う人もいる。

新聞も、コーランの章句を書いたプラスチックの板も、ちょっとした菓子も、なぜか「ベルト」も、このやり方で勝手に人のひざの上や腕の上に置いていき、回収していく。

ガルーGarutまでのバス代は10000ルピア。

1時間ほど走ってようやく町を出る。Hazeのせいか風景はかすんでいて空気もあまりよくならない。

当然のことだが山焼きによるスモッグは山のほうがひどかった。いったいにかすんでいる。スマトラとボルネオだけでなく、ジャワでもやっていたのだ。当たり前のことだが。マレーシアの新聞を読んでインドネシアの山焼きはスマトラとボルネオだけのように思い込んでいた。新聞や本だけ読んで何でもわかったつもりになるということは危険なことである。

山を焼く臭いのすることもある。焚き火とはぜんぜん違う臭いである。

教えられたところでバスを降り、チパナス行きのアンコタに乗り換える。アンコタで温泉町の突き当たりの屋台に毛の生えたようなレストランが立ち並んでいるロータリーまで行く。アンコタを降りるとホテルの客引きが寄ってくる。

ロータリー沿いの、Cipanas Indahというロスメンにチェックインする。「デラックスルーム」で一泊20万ルピア。

どの部屋も常にお湯が出ている。プールもあり。日曜で、子供連れがたくさん遊んでいる。プールもお湯。ぬるま湯だが入っている分には快適。

部屋の浴槽は栓をしない限りお湯が出続けている。ただしシャワーはない。

プールには服を着て入る。

水着を着ているのは小さな女の子ぐらい。それもレオタードのような短パンのワンピース。

コマネチ式の水着を着ている人はひとりもいない。男も、上は裸の人もいるが下は普通の半ズボンだったりする。私もTシャツを着てプールに入った。

このあとチパナスに20日近く滞在することになる。その間、毎日のように宿を変えた。


  1. 2006/12/06(水) 21:31:10|
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バンドゥン (往き) インドネシア

11/3 Primajasa社の「エアポートリムジン」バスで、スカルノ=ハッタ空港からバンドゥンに向かう。

バンドゥンに直行したのは、初めての大都会に入るのが少し怖かったからでもある。

バス代は6万ルピア。普通の長距離バスなら2,3万ルピアだと思う。しかし、スカルノハッタ空港から出るのはこういうのしかないようである。

400円程度のカネをケチって暑い中重い荷物を担いで彷徨するよりは、素直にこれに乗ったほうが良いと思った。私もケチりたい衝動に駆られることがあり、そういうときには暑い中何キロも彷徨することがある。

1時に出て、ちょうど4時ごろバンドゥン着。3時間しかかからない。

バンドゥンはバスから見る限りはこぎれいな町だった。

「エアポートリムジン」は、バスステーションには見えないきれいなコンプレックスの前に止まる。

そのコンプレックスのオープンカフェにひとり毛唐がいた。クズ白人丸出し。若ハゲで首が本当に赤い。Redneckとはこのこと。不必要に肌を露出してタバコ。毛唐はどんなに醜くても、アジアではオープンカフェに身をさらすことが本当に好きである。彼らはアジア人を観察対象としか見ていないので、「見られる」ということはそもそも念頭にない。

その辺の人にアンコタ(ミニバス)が出るところを聞いて回るが、要領を得ないのでタクシーに乗る。ホテルパレムに向かう。パレムは満室。近くの安宿Citra(チトラ)をのぞく。かなり上手な日本語を話す人がいた。しかし、9万ルピアでホットシャワーなしの薄暗い安宿。「1000円ぐらい」と説明していたが・・・。

アンコタを拾ってホテル・ニュー・ナリパンへ向かう。アンコタ代は3000ルピア。

バンドゥンのアンコタは特別「ボル」ということはない。1000ルピアくらいは高くなっていることがあるかもしれないが、そのくらいのカネはチップの範囲である。(ホテルのボーイでも1000ルピアではあまりいい顔をしない)。

アンコタが赤信号でちょっと停車する間に、新聞売りはまだしも、アンコタの狭い入り口で半身になってギターを弾き帽子を差し出す人がいる。ほんの10秒ぐらいの演奏である。

こういう沙汰が好きだという人には、ジャワはたまらなく楽しいところということになる。確かに上手だと思うのもいる。適当に太鼓をたたいてがなっている乞食とは違う。しかし、私はどっちも好きにはなれない。

「ニューナリパン」といってもホテル・ナリパンとしか看板は出していない。ジャラン・ナリパンという通り沿いにある。一番安い部屋が22万ルピアくらい。かなりしけた感じ。床がタイルばりの狭い部屋というのはあまり好きではない。結局、デラックスルームに入る。32万ルピアぐらい。ここもしけているが、いちおう絨毯が敷いてある。

ニューナリパンのあたりにはレストランが見当たらない。高いベーカリーカフェがあるくらい(しかしここRasaは悪くなかった)。ローカルレストランらしきものをまったく見ない。たまに焼き鳥の屋台がある。

ホテルニューナリパンは夜少し気持ちが悪い。金曜日の晩なのに泊まる人が少ない。

私が泊まった部屋は気持ちが悪かった。とても静かなのはいいのだが、部屋のあちこちからいろいろな音が聞こえてくる。夜は涼しいせいか、背中がゾクッとする。

11/4 近頃朝寝坊なのでたいていそうなるが、無料の朝食は捨てる。

午後2時過ぎにチェックアウト。ここは立派なホテルなのに、清算後レシートを出そうとしなかった。レシートをくれと頼むと、手打ちタイプライターで打ち始めた。手動タイプライターしか書類を作るものがないようである。うら若い女性が片手でバシバシと打っていた。

ロビーは落ち着いた雰囲気だった。これで手際さえ良ければ手動タイプもひとつの風情なのだが、そういうわけには行かず、時間がかかった。

ナリパンが用意したタクシーでホテルパレムに向かう。途中、幼い現地少女を連れて歩いている白人男を見かけたが、写真は撮れなかった。その少女はたいへん幼く見えたが、実年齢まではわからない。

進歩的で発展的な白人男の中には、インドネシアで遊ぶためにイスラム教に改宗するものもいるようだ。スカルノハッタ空港でも、長くひげを伸ばしたあきらかな西洋白人を見た。イスラム教に改宗しカネさえあればインドネシアで怖いものはないだろう。タイでも近頃はなかなか出来にくいような相当エグイ遊びも出来るはずである。現にアラブ人はジャカルタ近郊のある村にあつまり、数日、時に数時間で結婚と離婚を繰り返すということをしており、インドネシアの大臣が数ヶ月前にこれについて「何の問題もない。ツーリズム振興になる」と発言して物議をかもしたことがある。数日でも数時間でも、結婚・離婚のたびにウラマーやモスクにカネが落ちるということのようである。



ナリパンが呼んだタクシーはメーターだが、6000ルピアのところ10000ルピア札を出すと釣りを払おうとしない。理屈を言って10000ルピア取ろうとする。

10000ルピア札を取り返し荷物を持ってとにかく車から外に出る。

こういうときのために(どの国でも)荷物をタクシーのトランクに入れさせないことが大切である。

懲罰として一銭も払わずに逃げてやろうかとも思ったが(インド圏なら私もやりかねないが)、思い直し、ホテルパレムのフロントで両替してもらい6000ルピアだけ払う。

このタクシーは目的地に着いてもメーターを止めないので、もめている間にもメーターが上がっていたが、着いたときに表示された金額だけ払う。(良心的な運転手はメーターを止める。後に乗った「ブルーバードグループ」の運転手はとまるとすぐにメーターを止めた)。

ホテルパレムはこの日の満室。その後も毎日満室だった。ほとんど予約で埋まるらしい。昨日Citraの日本語の出来る人が教えてくれた、近くの「キングガーデン」という中国系のホテルのビジネスルーム16000ルピアに入る。中国系といってもタイの旅社はもちろんマレーシアの旅店・酒店とも趣が異なる。

土日は銀行だけでなく両替商も閉まってしまう。ATMだけがあいているが、クレジットカードやシティバンクのキャッシュカードが使えるところは少ない。PERMATAというところでは両方使えた。べチャ(リクシャ)で行く。

この国のリクシャは客席が前にあり運ちゃんが後ろから押す形になっているが、なぜそうなっているのかがわかった。排気ガスをもろに浴びるのをいくらかでも避けるためだろう。車道の車の中を走るので、前の席の方が排気ガスを浴びる。確かに一日中あれを浴びていたらすぐに体を壊すだろう。その代わりに客が排気ガスを浴びる。

「キングガーデン」の冷房はあまり効かない。通りに面していることもあり、一晩中うるさいし、空気もよくない。

バンドゥンといえばいうまでもなくバンドゥン会議のバンドゥンである。しかし私は、実はこのアジアアフリカ会議の話にさして興味がなく、その「遺跡」にもまったく訪れずに終わった。

健全で知的でまじめな旅行者たる私としては、初めてバンドゥンに来たからには、バンドゥン会議の復習をしなければならないのではないか、などと思ったことも事実である。しかし、このころかなり疲れていた。疲労は必ずしも過労から来るものでなく、周期的に表れるようである。

バンドゥンは「学園都市」だと聞いていたので、清潔で適当に近代的でネット屋などがたくさんあるのかと期待していた。学校の多いパッタニのように。しかしそういうわけにはいかなかった。

最初車から見たときはこぎれいに見えたバンドゥンの町だが、歩いてみたら相当汚い町だった。インドネシア全域を覆う山焼きによるスモッグのほかに車の排気ガスもひどい。

今日はネット屋にしつこく毛唐が来る。死にやがれ。タイから出てくるな!Rednecks Go back to Thailand!



駅の周辺などひどく汚い。メダンよりひどいかもしれない。どこまでも柔らかく不潔なバンドゥンの下町よりはメダンのほうがすがすがしさがあるように思う。

今までに見たインドネシアの町では、スマトラのドゥマイが天国のようにきれいだった。

マレーシアのコピ・オにあたる砂糖だけ入ったブラックコーヒーを、コピ・ヒタム(黒いコーヒー)という。

漉すものは使わず、挽いた豆の粉と砂糖をグラスに入れてその上から湯を注ぎかき混ぜるだけ。これがローカル標準。

一杯分の挽いた粉と砂糖を混ぜたパックも売られている。一見すると「ネスカフェ」や「コーヒーミックス」などインスタントコーヒーの袋かと思ってしまうが、そうではない。

屋台でコピ・ヒタムを注文するとそのパックをやぶって中身をグラスにいれポットのお湯を注いで出すだけ。コーヒーの粉が下に沈殿するのを待って飲まないと口の中が粉だらけになる。

ホテル・キングガーデンの近くに派出所があり、制服を着た警察官の溜まり場になっている屋台がある。そこから5、6メートル歩いたところにある路地の入り口にはいつもオヤジが立っていて、さかんに声をかけてくる。「ドゥア・ラトゥス・リブー」(2・100・1000)とか。

路地の奥に売春宿があるらしい。しかし、路地を覗く限りただの住宅地に見える。

呼び込みのオヤジは日本の刑事ドラマの脇役にでも出てきそうな怖い顔だった。それだけでも十分引いてしまう。この国ではきっと、女が客引きをすることは違法なのだろう。

ホテル・キングガーデンは、夜中までとおりの騒音がうるさいだけでなく、空気も大変悪い。人気のパレムはどうか知らないが、このあたりの宿は似たりよったりなのではないだろうか。

11/5 土曜の晩だったせいか早朝4時に目を覚ますとまだ表で人が騒いでいた。

午前9時半ごろ、ボーイがわざわざ無料の朝食の注文を取りにきてくれる。部屋まで持ってきてくれた(普通は、朝食は自分でカフェに行かなければそれで終わり。持ってこさせると朝食代がかかると思う)。注文といってもナシ(ご飯)かミー(麺)か、お茶かコーヒーかぐらいのこと。ミーはうまかった。

1時半ごろチェックアウト。チパナスを目指す。
  1. 2006/12/06(水) 13:30:44|
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スカルノ=ハッタ国際空港 ジャカルタ

11/2 マレーシア航空でクアラルンプルからジャカルタへ。

KLIA(クアラルンプル国際空港)の第1ターミナル(?、店が少ない方)のレストランは最悪だったが、第2ターミナル(?、店が多い方)の接客は普通だったと思う。値段も普通に高かった。飛行機に乗る前には何杯もコーヒーを飲みたくなる。

搭乗口近くの椅子に座ってボーっとしていたら、いつの間にか出発時間ぎりぎりになっていて、ファイナルコールの後に名前を呼ばれてしまった。出発5分前ぐらいに搭乗。

機内は狭く、飯がたくさん出て食べるのがたいへんだった(帰りは同じマレーシア航空でもそんなに狭くなかった)。

午後4時ごろジャカルタ上空へ。マレーシアのHazeはこのところかなりよくなっていたが、ジャワ島はまだ少し煙っているようだった。

スカルノ=ハッタ空港の滑走路はかなりでこぼこで、田舎の空港という印象。

ジャカルタに下りたときは特別な匂いはなかった。少し薬臭い。国によってはその国の匂いがはっきり感じられることがある。たとえばネパールのトリブヴァン空港で飛行機のドアから出るとすぐに、またネパールに来たということをはっきりと実感する。

(ネパールでも強姦白人ミッショナリーの活動は活発なようで、少女の手を引いた白人をよく見るようになった。ボランティアとか孤児の世話とか調子のいい理由があると白人はどこまでも開き直る。今度写真を撮って来てここにあげる予定)。

ジャカルタに着いて気がついたのは、女の子が断然キレイなこと。マレーシアと同じようにスカーフをしている子でも、肌のつや、表情、まつ毛の長さ、目の輝きなどがまったく違う。笑顔がこぼれ落ちる感じ。

ようするにマレーシアのマレー姉ちゃんが仏頂面すぎるということ。

今回の目的地は一応バンドゥン。ジャカルタ市内で沈没してしまっても仕方がない。

ジャカルタからバンドゥンへ行く国内線飛行機はない。

市内に入りたくなかったので、高いが明日のリムジンバスの予約をする。空港から出て、バンドゥンまでは3時間ほど。値段はPrimajasaのバスで6万ルピア。普通の長距離バスの2倍くらい。

ビザは30日ビザで25ドル。100リンギちょうど。

入国し、空港内のトランジットホテルにチェックインする。一泊80USドル(720000ルピア)。部屋はマレーシアのホテルなら120リンギか150リンギくらい(30か40USドル)の水準。

ホテルには女子大生風の女の子の集団が来ている。スカーフをつけている子はほとんどいない。やや化粧が厚い。スカーフをつけていない女の子は化粧をしていないのでかえって肌がきれいに見える。

ジャカルタ時間はマレーシア時間より1時間遅れ、タイと同じ。

夜は、ホテルを出たところのフードコートで、23000ルピアくらいの食事。

通りがかる女性がみんないい女ばかりなので、すごい幻の国に来たような気がする。マレーシアはもとより、スマトラよりかなり上である。

ただたんに美しいだけでなく、やさしそうで語りかけるものがある。どの女性にも誘惑を受けているような錯覚に陥る。一人一人に自然について行っても良いような気がしてしまう。つまり女性が一人通りがかるたびに、ふらふらとついていきそうになってしまう。もっとも、本当にそれをやったらかなりヤバイことになるだろう。

インドネシアに残留した日本兵が、インドネシアに帰化しイスラム教に改宗して4人の妻を迎え何十人もの孫がいる・・・・という話があったが、決してとっぴなことではないように思われた。仏頂面女が4人もいたらたまらないが、この姉ちゃんたちなら4人くらいがんばれそうに思った。

毛唐は、空港やエアポートホテルには多くないが、いるやつらは相当程度の低そうな連中。やはりオランダ人が多いのだろう。彼らは長期にわたる最悪の植民地支配について「悪いことをした」とまったく思っていない。

その正当性の根拠は白人の優越性にある、という信念で固まっている。

この信念は、オランダ人のようなクズ白人ばかりでなく、アジア各地で、たとえばタイ北部で、キレイ事を言いながら、つまり手厳しくブッシュのアメリカを批判したりしながら、NPO活動やボランティア活動をしていたりする白人も、「アジア人に対する白人の優越性への確信」という点ではまったく同じである。

貧困地域でまじめにがんばって活動している白人、自己犠牲的に働いているように見える人ほど、「白人の優越性」への確信、アジアは白人が助けてやらなければならないという確信、白人が見ていてやらなければアジアはどんどん悪くなる(アメリカ帝国主義に侵食されるというのも含む)という確信はむしろ強く、心の支えになっているようである。

本当は白人が入って来ないことが長期的に見てアジアにとって一番良いことなのだが、このような偽善白人は、「弱いアジア・貧しいアジア」を探し求め、それをこよなく愛し、「強いアジア・豊かなアジア」を何よりも嫌悪する。



とにかく、オランダ人のようなクズ白人にはからまれると危険かもしれない。空港に着いたとき、後ろから荷物のワゴンでぶつかってきた毛唐は、謝るどころか爬虫類のような目でにらみつけてきた。他人の足に金属ワゴンをぶつけても、相手が有色人種なら平気なのである。むしろ、遅く歩いて邪魔をした有色人種のほうを非難の目で睨み付けるのである。この男の意識は完全に、ここは白人の植民地であるというものである。

世の中が良くならないのは、世界中に白人がのさばっているからであり、のさばらせているからである。この点を見落としてはいけない。

アジアの反日主義は、もともと白人が創作し日本の左翼や進歩主義マスコミに吹き込んだイデオロギーが、日本で膨らまされ、それが従属していたマルクス主義の凋落と同時期に、新市場を求めて中韓にわたったものである。中韓にご注進しなさいという策も、白人イデオロギー戦略家たちが日本の左翼、反日マスコミに示唆したものであると思われる。反日で東アジアを分断し、日本を「孤立」させて誰よりも得をするのは白人であることは明らかである。

ジャカルタは暑い。

しかしまたその「孤立」を恐れる必要もないのである。北朝鮮でも瀬戸際外交であれだけもっている。幸い日本は石油が出るわけでもない。隣国にこちらからせめて入ろうというわけでもない。日本との関係をまったくやめて大丈夫な国は少ないのではないだろうか。日本は金で「孤立」を買っていったほうが良いような気がする。

今後もしバブルが再来しそうなことがあったら、中国やアメリカとの間のイデオロギー的な問題を取り上げて過熱しそうな景気に水をかけてやれば良いのではないか。

11/3 無料の食事は朝9時まで。11時半ごろチェックアウト。1ドル9300ルピアで換算される。

ジャカルタのコーヒーはどこも薄い。スマトラと違いコクがなく、酸味が強い。マクドナルドのコーヒーの味もスマトラとはずいぶんと違う。

毛唐の数は多くないが、どうしようもないクズなかんじなのがチラホラいる。ガイドを連れた買春オヤジ風のも。(毛唐はアジア人ガイドに恥じるということは一切ないので、ガイドに少女や処女を世話させるのは平気である。こういうことはタイ北部・東北部などで白人によって広範に行われている。)

毛唐の中には、私(アジア人ツーリスト)を見つけると30秒ぐらいジーっとにらみつけてくる者がいた。さすがにマレーシアではこういうのにはあまり出会わなかった。タイやネパールにはいっぱいいる。

アジア人が彼らと同じ立場のツーリストとして旅行していること自体が、彼らにとっては、理解しがたい不可思議なことなのであろう。こういうときは、こちらも相手が目をそらすまでじっと凝視してやることにしているが、毛唐がこちらを人間だと思っていない場合、人間だと気づかない場合は、1分でも2分でもにらみつけてくることがある。実に彼らこそケダモノにほかならない。

バスは“Primajasa エアポートリムジン”。バンドゥンまで、6万ルピア。高いが、スカルノハッタ空港からはこういうのしかないようである。しかし、中が豪華というわけでもない。食べ物も出ない。乗客はほとんど地元の人。

バスを待っている間も空港周辺にはかわいい女の子たちがいっぱい通りがかる。ほんとにかわいいのだ。

この国にイスラムがなかったらえらいことになっていただろう。

かわいくて小柄で出るところはしっかり出たジーンズの似合う女の子が、歩きながら細い指で、自分の肛門のあたりをコチョコチョっと掻いて行く。まったく自然なしぐさであり、一瞬の出来事であった。肛門かその周辺が痒かったから掻いたのであろう。歩いていて痒かったからコチョコチョっと掻いたのだ。まったく何の問題もない。

なんてすばらしい一瞬だろう。お尻がきれいに引き上がっていて少し上向きに開くような形になっているので、腕を後ろに回して肛門を掻くことは物理的にも心理的にも簡単なのである。

午後4時ごろバンドゥンに着。

  1. 2006/12/05(火) 15:12:11|
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